プラハ城 Prague Castle
チェコの首都プラハ、ヴルタヴァ川を見下ろす丘に広がる巨大な城郭複合体。9世紀以来ボヘミア王・神聖ローマ皇帝・歴代大統領の居城として増改築を重ね、ロマネスクからゴシック、ルネサンス、バロック、20世紀の改修までを併せ持つ。
§1 — 概要概要
プラハ城(Pražský hrad)は、チェコの首都プラハ、ヴルタヴァ(モルダウ)川左岸のフラッチャニの丘に広がる広大な城郭複合体である。9世紀後半の創建以来、ボヘミア公・王、神聖ローマ皇帝、そして現在のチェコ大統領の居所として用いられ、世界最大級の城とされる。聖ヴィート大聖堂を中心に、宮殿・聖堂・庭園・路地が一体となり、ロマネスクから20世紀までの建築が層をなして共存する。
歴史
城の起源は870年代、ボヘミアのプシェミスル朝が丘上に砦と教会を築いたことに遡る。10世紀には聖ヴィートに捧げる円形聖堂が建てられ、11世紀以降ロマネスク様式で整えられた。最盛期は14世紀、皇帝カール4世のもとで首都の中枢として大改造され、1344年に着工した聖ヴィート大聖堂が城の象徴となる。16世紀にはハプスブルク家のもとでルネサンス様式の離宮や庭園が加わり、17〜18世紀のバロック改修を経て今日の壮麗な姿が整った。1918年のチェコスロヴァキア独立後は共和国の象徴として改修され、聖ヴィート大聖堂も1929年にようやく完成した。
建築的特徴
城の中心をなす聖ヴィート大聖堂は、初代建築家アラスのマティアスがフランス・ゴシックの規範に基づいて内陣を起こし、後を継いだペトル・パルレーシュが独創を加えた。パルレーシュが内陣に架けた網目状のネット・ヴォールトは、リブ・ヴォールトを発展させた後期ゴシックの達成として名高い。飛梁やトレーサリー、バラ窓が垂直性を強調する。旧王宮のヴラディスラフ・ホールは、ベネディクト・リートによる流動的な曲線リブの後期ゴシック天井で知られる。20世紀にはヨジェ・プレチニックが中庭や庭園を簡潔な近代古典主義で整え、古い城を共和国の舞台へと読み替えた。
意義・現在
プラハ城は、千年を超える増改築の堆積をそのまま体現した、中欧史の縮図というべき場所である。様式の重なりは断絶ではなく、聖ヴィート大聖堂の西半分がネオ・ゴシックで補われたように、各時代が先行する形を尊重しつつ接ぎ木されてきた。「プラハ歴史地区」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録され、チェコ国定記念物でもある。現在も大統領府が置かれ、戴冠宝器を納める国家の中枢でありながら、広く一般に開かれた観光の核となっている。