名築が収録する公開済みの建物のうち、すでに失われたものは21件ある。前3世紀に地震で倒れたロドス島の巨像から、2025年に予定どおり解体されたパリの仮設展示館ま…
アーサー王伝説で王が宮廷を置いたとされる城と都。12世紀フランスの騎士物語に初めて名が現れ、のちに円卓の騎士の本拠として定着した。実在が確認された建築ではなく、所在地にはウィンチェスターやキャドベリー城など諸説がある。
§1 — 概要キャメロット(Camelot)は、アーサー王伝説においてアーサー王が宮廷を置いた城であり、その城を中心とする都である。中世の騎士物語では円卓の騎士が集う場として描かれ、やがてアーサー王の世界そのものを指す地名となった。考古学的に確認された建造物はなく、研究者の多くは文学上の創作とみなしている。本項では、実在しない建築が物語と美術のなかでどのように形を与えられ、現実の土地と結びつけられてきたかを扱う。
キャメロットの名が初めて現れるのは、1170年代にクレティアン・ド・トロワが著した韻文物語『荷馬車の騎士ランスロット』である。ただし、王がある祝日に宮廷を開いた場所として一度触れられるにすぎず、写本によっては地名そのものを欠く。それ以前、12世紀前半のジェフリー・オブ・モンマス『ブリタニア列王史』は、アーサーの主たる宮廷をウェールズのカーリオンに置いていた。
キャメロットがカーリオンに代わって王国の都となるのは、13世紀フランスの散文物語群(いわゆるランスロ=聖杯サイクルなど)においてである。15世紀にはトマス・マロリーが『アーサー王の死』(1485年刊)でキャメロットをウィンチェスターと明言したが、刊行者ウィリアム・キャクストンは序文でこれを退け、ウェールズに廃墟が残るとした。1542年には古物研究家ジョン・リーランドが、サマセットのキャドベリー城を地元の人々がキャメロットと呼んでいると記録している。
中世の物語は、キャメロットの姿を細かくは描写しない。13世紀の散文物語では、川沿いの平野と森に囲まれた都に、王と王妃が婚礼を挙げた聖ステファノの大聖堂が建ち、堅固な城の内に円卓が置かれる、といった要素が示される程度である。その壮麗さの多くは、ジェフリーが描いたカーリオンの姿を受け継いだものとされる。所在が定まらないことは、かえって物語の舞台として好都合であった。
今日広く共有される、尖塔の林立する盛期中世風の城という像は、主に19世紀以降に形づくられた。アルフレッド・テニスンの連作詩『国王牧歌』(1859〜1885年)は、霧の向こうに見え隠れする塔の都としてキャメロットを詠み、ギュスターヴ・ドレによる同作の挿絵などとともに、幻想的な城の像が広まった。20世紀の映画や舞台もこの系譜にあり、1967年の映画『キャメロット』では、スペイン・セゴビア県のコカ城が王の城を演じている。
候補地のうちウィンチェスターは、アルフレッド大王のウェセックス王国の都であったことに加え、城の大広間に掛かる円卓によって支えられた。この円卓は13世紀の製作だが、マロリーの時代には本物と信じられていた。キャドベリー城では、1966〜1970年にレスリー・アルコックが「キャドベリー=キャメロット」と銘打った発掘を行い、鉄器時代のヒルフォートが5世紀後半に築き直され、長さ約20メートルの広間を備えた有力者の拠点となっていたことを明らかにした。同時代の砦の倍の規模をもつ遺構であったが、アルコック自身はのちにアーサー王との結びつきから距離を置き、現在の考古学もこの名称を用いない。ローマ名カムロドゥヌムをもつコルチェスターなど、名の類似から挙げられる候補地もほかに多い。
キャメロットの名は、理想の宮廷や失われた黄金期を指す比喩としても生き続けている。1960年初演のミュージカル『キャメロット』を受けて、ジョン・F・ケネディの没後に夫人ジャクリーンが雑誌の取材でこの作品に触れたことから、ケネディ政権期を「キャメロット」と呼ぶ言い方が広まった。
名築が収録する公開済みの建物のうち、すでに失われたものは21件ある。前3世紀に地震で倒れたロドス島の巨像から、2025年に予定どおり解体されたパリの仮設展示館ま…