ドゥカーレ宮殿 (ジェノヴァ) Doge's Palace, Genoa
イタリア、ジェノヴァに建つ、ジェノヴァ共和国のドージェ(元首)の宮殿。13世紀末に始まり、1591年にヴァンノーネがマニエリスム様式の壮大な宮殿に改築した。1777年の火災ののち、カントーニが新古典主義の正面を加えた。中世から近代までの層が重なる、共和国の権力の中心であった。
§1 — 概要概要
イタリア北西部の港町ジェノヴァに建つ、かつてのジェノヴァ共和国のドージェ(元首)の宮殿である。13世紀末に始まり、幾度もの改築をへて、共和国の政庁としての役割を担った。マニエリスムの骨格に新古典主義の正面が重なる、長い歴史の層をそのままにとどめる建築である。現在は、市を代表する文化の場として用いられている。
歴史
ピサやヴェネツィアを破り、地中海の覇権を握りつつあった13世紀末、ジェノヴァはふさわしい政庁を求めた。1298年ごろ、ドーリア家やフィエスキ家の邸宅と塔を取り込んで、宮殿の建設が始まる。1339年、初代ドージェが選ばれるとともに、建物は「ドゥカーレ(公の)宮殿」と呼ばれるようになった。
1591年、共和国の威信を示すため、建築家アンドレア・チェレーゾラ(通称ヴァンノーネ)が、中世以来の建物をマニエリスム様式の壮大な宮殿へと改めた。柱廊に囲まれた中庭や大階段が設けられ、現在に通じる骨格が整えられた。1777年、火災が中心部を焼いたのち、スイス出身のシモーネ・カントーニが、1783年にかけて新古典主義の様式で再建を進めた。1797年、共和国はナポレオンによって倒れ、宮殿は政庁としての役目を終えた。
建築的特徴
建物は、ピアッツァ・マッテオッティとピアッツァ・デ・フェッラーリの、二つの広場に向き合う。マッテオッティ側のカントーニによる正面は、八本の太い円柱と三角形の破風からなる、イタリアでも初期の新古典主義の堂々たる構成をとる。内部には、ヴァンノーネが設けた柱廊の中庭や大階段が残り、マニエリスムの空間が広がる。中世の鐘楼「グリマルディーナの塔」もそびえる。
意義・現在
ドゥカーレ宮殿は、海洋共和国ジェノヴァの栄華と、その権力の中枢を物語る建築である。中世に始まり、ルネサンス、新古典主義と、時代ごとの様式を重ねてきたその姿は、街の歴史そのものでもある。現在は文化財団のもとで、展覧会や催しの開かれる、市の文化の中心となっている。
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