EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
フレデンスボー城
© Chin tin tin / CC BY 3.0
FIG. 01 — Q1412797

フレデンスボー城 Fredensborg Palace

Fredensborg Slot

デンマーク王室の春秋の離宮。大北方戦争の講和を記念して1720年代に建てられたフランス風バロックの宮殿で、円蓋を戴く方形の主館を狩猟用の放射状の道の中心に据える。設計はJ・C・クリーヤ。

FIG. 02 — Location55.9824° N 12.3956° E
デンマーク 首都地域 フレデンスボー
§1 — 概要

概要

フレデンスボー城(Fredensborg Slot)は、デンマーク・シェラン島北部、エースルム湖の東岸に建つ王宮である。デンマーク王室が春と秋に用いる離宮で、現在も国賓の接遇など公式行事の舞台となり、王室の居城のなかで最も使用頻度が高い宮殿として知られる。

歴史

大北方戦争の末期、国王フレデリク4世は宮廷庭師でもあった建築家ヨハン・コニーリウス・クリーヤに、農場跡地への小さな離宮の造営を命じた。建設は1720年に始まり、なお普請半ばの同年7月、この地でデンマークの戦争終結を定める講和条約が結ばれた。これにちなみ宮殿は「平和の城(Fredens Borg)」と名づけられる。主館は1722年10月11日、国王の誕生日に披露され、その後も18世紀を通じて諸棟が増築された。

建築的特徴

クリーヤが手がけたのはフランスに範をとるバロックの宮殿で、ドームとランタンを戴く、ほぼ正方形の一階半の主館を核とする。主館は「狩りの星」と呼ばれる放射状に交わる直線路の中心に正確に据えられ、狩りのさいには各路をまっすぐ撃ち抜くことができた。15メートル四方・高さ27メートルのドーム広間は、C・E・ブレンノのスタッコとヘンドリク・クロックの天井画で飾られる。八角形の前庭を囲む使用人棟、厩舎、礼拝堂、オランジュリー、廷臣棟などが順次加えられ、廷臣棟にはオランダ・バロックとロココの要素も見られる。

意義・現在

クリーヤは庭園もあわせて設計し、ル・ノートルに由来するフランス式庭園の手法を北欧にもたらした。主館の骨格は1722年の披露以来ほとんど変わらず、バロック期デンマーク王室建築の到達点を今に伝える。庭園にはノルウェーとフェロー諸島の農漁民をかたどった石像群「ノルマンスダーレン」があり、宮殿と一体の見どころをなす。現在も王室の現役の離宮であり、庭園とともに一般公開の機会も設けられている。

関連する建築

Related
同じ様式
古典主義 エリゼ宮殿
1722 · パリ
エリゼ宮殿
Armand Claude Mollet

パリ8区、フォーブール・サントノレ通りに建つフランス大統領官邸。1722年にオテル…

同じ時代
エリザヴェータ・バロック 冬宮殿
1762 · サンクトペテルブルク
冬宮殿
Francesco Bartolomeo Rastrelli

サンクトペテルブルクのネヴァ川畔に建つ大宮殿。1762年から1917年まで歴代ロシア…

データ: Wikidata (Q1412797) / 画像: © Chin tin tin / CC BY 3.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.06.28
ENTRY ID — BLD-1048