デンマーク王室の春秋の離宮。大北方戦争の講和を記念して1720年代に建てられたフランス風バロックの宮殿で、円蓋を戴く方形の主館を狩猟用の放射状の道の中心に据える。設計はJ・C・クリーヤ。
§1 — 概要概要
フレデンスボー城(Fredensborg Slot)は、デンマーク・シェラン島北部、エースルム湖の東岸に建つ王宮である。デンマーク王室が春と秋に用いる離宮で、現在も国賓の接遇など公式行事の舞台となり、王室の居城のなかで最も使用頻度が高い宮殿として知られる。
歴史
大北方戦争の末期、国王フレデリク4世は宮廷庭師でもあった建築家ヨハン・コニーリウス・クリーヤに、農場跡地への小さな離宮の造営を命じた。建設は1720年に始まり、なお普請半ばの同年7月、この地でデンマークの戦争終結を定める講和条約が結ばれた。これにちなみ宮殿は「平和の城(Fredens Borg)」と名づけられる。主館は1722年10月11日、国王の誕生日に披露され、その後も18世紀を通じて諸棟が増築された。
建築的特徴
クリーヤが手がけたのはフランスに範をとるバロックの宮殿で、ドームとランタンを戴く、ほぼ正方形の一階半の主館を核とする。主館は「狩りの星」と呼ばれる放射状に交わる直線路の中心に正確に据えられ、狩りのさいには各路をまっすぐ撃ち抜くことができた。15メートル四方・高さ27メートルのドーム広間は、C・E・ブレンノのスタッコとヘンドリク・クロックの天井画で飾られる。八角形の前庭を囲む使用人棟、厩舎、礼拝堂、オランジュリー、廷臣棟などが順次加えられ、廷臣棟にはオランダ・バロックとロココの要素も見られる。
意義・現在
クリーヤは庭園もあわせて設計し、ル・ノートルに由来するフランス式庭園の手法を北欧にもたらした。主館の骨格は1722年の披露以来ほとんど変わらず、バロック期デンマーク王室建築の到達点を今に伝える。庭園にはノルウェーとフェロー諸島の農漁民をかたどった石像群「ノルマンスダーレン」があり、宮殿と一体の見どころをなす。現在も王室の現役の離宮であり、庭園とともに一般公開の機会も設けられている。