エリゼ宮殿 Élysée Palace
パリ8区、フォーブール・サントノレ通りに建つフランス大統領官邸。1722年にオテル・デヴルーとして完成した貴族の邸館で、設計はアルマン=クロード・モレ。正面に中庭、背後に庭園を配する古典主義建築で、1873年以来、共和国大統領の公邸として用いられている。
§1 — 概要概要
エリゼ宮殿(Palais de l'Élysée)は、パリ8区のフォーブール・サントノレ通りに建つ、フランス共和国大統領の官邸である。シャンゼリゼ通りにほど近い一角に、正面の中庭と背後の庭園にはさまれて建つ。もとは18世紀前半に貴族の邸館として建てられた古典主義のオテル・パルティキュリエ(都市邸館)であり、王侯から皇帝、そして共和国の元首へと、住み手とともにフランスの権力の中心であり続けてきた建物である。
歴史
1718年、エヴルー伯爵ルイ=アンリ・ド・ラ・トゥール・ドーヴェルニュのために、建築家アルマン=クロード・モレが邸館の建設に着手し、1722年に完成した。当初はオテル・デヴルーと呼ばれた。1753年にはルイ15世の寵姫ポンパドゥール夫人が買い取り、多額の費用をかけて改修する。その後も所有者は次々と変わり、フランス革命では公共財産として接収された。1805年、ナポレオンの義弟ミュラがこれを購入して大規模に改装し、「エリゼ」の名が定着する。皇帝の宮殿となったのち、1815年にはワーテルローに敗れたナポレオンがここで二度目の退位に署名した。改修にはナポレオンの建築家フォンテーヌらの手も加わっている。1848年、第二共和政の議会はこの建物を大統領官邸と定め、1873年以降、歴代大統領の公邸として正式に用いられるようになった。
建築的特徴
建物は、街路に面した正面に名誉の中庭(クール・ドヌール)を開き、背後に庭園を控える「中庭と庭園のあいだ」という、フランスの都市邸館の典型的な構成をとる。左右対称の三層の主館は、過度な装飾を避けた端正な古典主義の意匠でまとめられ、王宮のような威圧感よりも、洗練された邸宅の品位を示す。内部は18世紀から19世紀の装飾を色濃く残し、玄関の名誉の間(ヴェスティビュール・ドヌール)から大階段を経て、各時代の調度で飾られた多くのサロンが連なる。中庭・主館・庭園を貫く軸線が、儀礼の動線を明快に秩序づけている。
意義・現在
エリゼ宮殿は、一個の貴族邸館が三世紀にわたって用途を変えながら使い続けられた、生きた歴史的建造物である。フランスでは歴史的記念物(monument historique)に指定され、建物の名は「エリゼ」としてしばしばフランス大統領府そのものを指す代名詞として用いられる。大統領の執務室や閣僚理事会の会議室が置かれ、国賓を迎える公式行事の舞台ともなる。内部は原則として非公開だが、毎年9月のヨーロッパ文化遺産の日には一般に開放される。