サンクトペテルブルクのクレストフスキー島に立つサッカー専用スタジアム。黒川紀章が「宇宙船」と名づけた設計を基に、開閉式屋根と可動式ピッチを備えて2017年に完成した。
§1 — 概要概要
ガスプロム・アリーナ(Gazprom Arena、正式名称クレストフスキー・スタジアム)は、ロシア・サンクトペテルブルクのクレストフスキー島西部に立つサッカー専用スタジアムである。地元の強豪ゼニト・サンクトペテルブルクの本拠地で、収容人員は約六万八千人。日本の建築家・黒川紀章が国際設計競技で示した「宇宙船(The Spaceship)」案を出発点とし、開閉式屋根と可動式ピッチを備えた現代スタジアムとして2017年に開場した。フィンランド湾に着地した宇宙船を思わせる白い楕円形の量塊は、サンクトペテルブルクの新たなランドマークである。
歴史
建設地には、1950年に開場し長くゼニトの本拠地であったキーロフ・スタジアムがあった。老朽化したこの旧競技場は2006年に解体され、跡地に新スタジアムの建設が始まった。黒川は自身が手がけた豊田スタジアム(愛知県)の構想を発展させ、屋根を支える支柱と可動屋根を一体化した案で競技設計を制した。しかし2007年、着工後まもなく黒川が死去し、以後の設計は大きく変更されていく。2018年のFIFAワールドカップ開催が決まると収容規模は四万から七万級へ引き上げられ、薄膜屋根も厳寒の気候に耐える方式へ改められた。施工は度重なる設計変更・予算超過・施工業者の交代に見舞われ、当初三年弱の予定が十年を超える難工事となった。総工費は当初予算の数倍に膨らんでロシア国内で批判の的にもなったが、2017年4月に最初の公式戦が行われ、ようやく完成を見た。
建築的特徴
最大の特徴は、ピッチ全体を覆う直径約二八六メートルの開閉式屋根と、競技場の外へスライドして搬出できる可動式ピッチの組み合わせである。天然芝のピッチを屋外で養生し、催事の際には床面を多目的に使うことで、コンサートなどにも対応する。屋根は外周に立つ高さ一一〇メートル級の支柱からケーブルで吊られ、構造そのものが外観の表情をつくる構造表現主義的な造形をとる。半透明のETFE(フッ素樹脂)膜パネルが自然光を採り入れ、北国の限られた日照を補う。緩やかに反り上がる白い曲面の量塊は、周囲の公園と水辺の景観に呼応している。
意義・現在
ガスプロム・アリーナは、2017年のFIFAコンフェデレーションズカップ、2018年のワールドカップ、2021年のUEFA欧州選手権(EURO 2020)の会場となり、国際大会では「サンクトペテルブルク・スタジアム」の名で呼ばれた。一方で、長期化した工事と巨額の費用は、現代の巨大スポーツ施設が抱える政治・経済的な問題を映す事例としても語られる。なお2022年に予定されていたUEFAチャンピオンズリーグ決勝は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて開催地が変更された。黒川の遺した構想が幾多の改変を経て結実した、現代ロシアを代表する大型建築である。