ベルリン中心部に建つ文化施設。1957年、国際建築展のためにアメリカが寄贈し、ヒュー・スタビンスが設計した。宙に張られた大屋根から「妊娠した牡蠣」とも呼ばれる。1980年に屋根が崩落し、原形通り再建された。
§1 — 概要概要
ドイツの首都ベルリン、ティーアガルテンの一角に建つ文化施設である。非ヨーロッパ圏を含む世界の現代芸術を紹介し議論する国の拠点として知られ、展覧会や上演、講演などが行われている。もとは国際建築展のために建てられた会議場「コングレスハレ」で、宙に張り渡された大屋根の形から、ベルリン市民に「妊娠した牡蠣(シュヴァンゲレ・アウスター)」の愛称で親しまれてきた。連邦首相府にほど近い、政治の中心に隣り合う立地にある。
歴史
1957年、西ベルリンで開かれた国際建築展インターバウの一環として、アメリカ合衆国からの贈り物として建設された。設計は、ヴァルター・グロピウスに学んだアメリカの建築家ヒュー・スタビンスである。表現の自由と西側の近代性を示す建築として構想され、1963年にはジョン・F・ケネディ大統領が西ベルリン訪問の際にここで演説した。1980年5月、屋根の一部が崩落して死傷者を出す事故が起きたが、建物は1984年から1987年にかけて原形通り再建され、ベルリン建都750年にあたる1987年に再開している。1989年以降は「世界文化の家」として用いられている。
建築的特徴
最大の見どころは、二つの支点から宙に張り渡された曲面の大屋根である。双曲放物面を描く薄い屋根が大きく反り上がる姿は、戦後モダニズムの構造的な造形感覚を象徴する。屋根が軽やかに浮かぶことで、内部のホールは柱に妨げられない開放的な空間となり、外観には彫刻的な伸びやかさが与えられている。崩落事故の後の再建でも、この特徴的な姿はそのまま受け継がれた。
意義・現在
正面の水盤には、ヘンリー・ムーア晩年の大型ブロンズ彫刻が据えられ、建物の曲線と響き合っている。事故と再建を経てなお当初の造形を保つこの建物は、冷戦下の西ベルリンに贈られた建築として、また戦後モダニズムの記念碑として今日に伝えられている。