聖十字架教会 (ワルシャワ) Holy Cross Church
ワルシャワの「王の道」に建つバロックの聖堂。王室建築家ベロッティの設計で1679年に着工、1696年に献堂された。ショパンの心臓を柱に納めることで名高い。第二次大戦のワルシャワ蜂起で大破し、戦後に再建された。
§1 — 概要概要
聖十字架教会(Bazylika Świętego Krzyża)は、ポーランドの首都ワルシャワの目抜き通り「王の道」(クラクフ郊外通り)に建つバロックの聖堂である。王室建築家ジュゼッペ・シモーネ・ベロッティの設計により、現在の建物は1679年に着工され、1696年に献堂された。首都を代表するバロック教会の一つで、作曲家フレデリック・ショパンの心臓が堂内の柱に納められていることで広く知られる。
歴史
この地には15世紀から木造の小礼拝堂があり、1526年、1615年と建て替えを重ねた。17世紀半ば、スウェーデン軍の侵攻(「大洪水」)で建物は損なわれ、修復不能となる。1653年にこの教会を委ねられたフランス系の宣教会(ヴィンセンシオ会)のもとで、現在のバロック聖堂の建設が決まった。ベロッティの設計で1679年に着工、1682年にはヤン3世ソビエスキの子ヤクプ王子が礎石を据えた。1695年に下堂、1696年に上堂が献じられる。二本の塔は当初角錐状だったが、18世紀にユゼフ・フォンタナが後期バロックの冠部を加え、1756年にはその子ヤクプがファサードを整え、ヤン・イェジ・プレルシュの彫刻で飾った。1944年のワルシャワ蜂起では、ドイツ軍の爆破によってファサード・天井・諸祭壇が破壊され、翌年さらに爆破された。戦後1945年から1953年にかけて、簡略化された姿で再建されている。
建築的特徴
ファサードは、前後に張り出す柱と引っ込む壁面が織りなす凹凸に富み、空間に運動感を与えるバロックの手法をよく示す。下層では列柱が前に進み出て深い影を落とし、上層の壁龕には聖人像が立つ。頂部は聖アンナ・聖ヨアキム・聖ヨセフらの躍動する彫像で締めくくられる。正面へは左右の階段が昇る高い基壇が設けられ、その前にはピウス・ヴェロンスキによる十字架を負うキリスト像が据えられて、「スルスム・コルダ(心を高く上げよ)」の銘がポーランド分割下の民の忍耐を象徴した。白を基調とする堂内には、金で飾られた祭壇や、柱に巻きつく錬鉄の説教壇が置かれる。
意義・現在
聖十字架教会は、信仰と国民的記憶が幾重にも積もった場である。1792年には五月三日憲法一周年の議会がここで開かれ、19世紀には分割統治下の愛国的な集いの場となった。1882年、パリに葬られたショパンの遺志により、その心臓を納めた壺が堂内左の柱に納められ、作家レイモントの心臓も同様に安置された。ショパンの命日10月17日には、本人の願いに従ってモーツァルトのレクイエムが捧げられる。蜂起で灰燼に帰しながら再建されたこの聖堂は、破壊と再生を繰り返してきたワルシャワの歴史そのものを体現している。