ベルリン、ブランデンブルク門の傍らに建つ高級ホテル。1907年に開業し、帝政期からワイマール期にかけて欧州随一の社交場として鳴らした。1945年に焼失し、現在の建物は旧観を範に1997年に再建された。
§1 — 概要概要
ホテル・アドロン(Hotel Adlon)は、ドイツの首都ベルリンの中心、ブランデンブルク門に面したパリ広場(Pariser Platz)の一角に建つ高級ホテルである。1907年の開業以来、各国の元首や芸術家、富裕層が集う欧州屈指の社交の舞台となり、ベルリンの華やぎを象徴する存在となった。第二次世界大戦末期に主要部を焼失したが、1997年に旧観を範として同じ場所に再建され、現在はホテル・アドロン・ケンピンスキーとして営業を続けている。
歴史
創業者は、ワインと美食で財を成した実業家ロレンツ・アドロン(Lorenz Adlon)である。彼は皇帝ヴィルヘルム2世の後押しを受け、由緒あるレデルン宮殿(Palais Redern)の跡地を取得して大規模ホテルの建設に着手した。設計は歴史主義の建築家カール・ガウゼ(Carl Gause)とロベルト・ライプニッツ(Robert Leibnitz)が手がけ、1905年から1907年にかけて工事が進められた。1907年10月、皇帝臨席のもとに開業すると、温水暖房や各室の浴室、電話といった最新の設備を備え、当時のドイツで最も近代的なホテルとうたわれた。両大戦間期にはアインシュタインやチャップリンら時代の著名人が逗留し、その名は世界に知られた。1945年5月、戦火のなかで主要棟が焼失し、焼け残った一翼も1984年に取り壊された。
建築的特徴
旧アドロンは、ネオ・バロックとルイ16世様式を基調とする重厚な歴史主義建築で、列柱と装飾に富む外観と、大理石や絹で飾られた華麗な内部空間を誇った。1995年から1997年の再建にあたっては、建築家ライナー・ミヒャエル・クロッツ(Rainer Michael Klotz、パッチュケ・クロッツ&パートナー事務所)が、旧建築の意匠を参照しつつ現代の機能を盛り込み、階数を二層加えて再構成した。様式の引用と現代建築との折衷は、戦後ベルリンが歴史的景観の回復をめぐって重ねてきた議論を映している。
意義・現在
パリ広場はベルリンの顔ともいうべき広場で、その一角を占めるアドロンは、帝政期の繁栄、戦争による破壊、そして冷戦後の再生というこの都市の歩みを凝縮した場所でもある。再建後はホテル・アドロン・ケンピンスキーとして高級ホテルの地位を取り戻し、ブランデンブルク門を望む立地とともに、ベルリンを訪れる賓客を迎え続けている。