プラハに建つ高さ216メートルのテレビ塔。共産主義時代の1985年から1992年にかけて、ヴァーツラフ・アウリツキーらの設計で建てられた。三本の柱がカプセルを支えるロケットのような姿と、外壁を這うチェルニーの巨大な「赤ちゃん」の像で知られる、プラハ一の高層構造物である。
§1 — 概要概要
チェコの首都プラハ、ジシュコフ地区に建つ高さ216メートルのテレビ塔である。プラハで最も高い構造物であり、市内のほとんどどこからでも望める。三本の柱がいくつものカプセルを支える、宇宙ロケットのような姿で知られ、20世紀末のハイテック建築を代表する作の一つに数えられる。
歴史
放送網の整備を進める共産主義政権のもとで計画され、建築家ヴァーツラフ・アウリツキーと構造技師イジー・コザークの設計により、1985年に着工、1992年に送信を開始した。
建設には大きな論争がともなった。塔の足もとは、17世紀以来のプラハ最大級のユダヤ人墓地であり、その一部が掘り返されて失われたのである。また、共産党指導者の名をとって「ヤケシュの指」、ソ連の宇宙基地になぞらえて「バイコヌール」などと、皮肉なあだ名で呼ばれた。冷戦下では、西側の放送を妨害するための塔ではないかとも噂された。完成は、奇しくも体制が倒れた直後のことであった。
建築的特徴
塔は、三角形に配された三本の鉄筋コンクリートの柱からなる。柱は、二重の鋼管にコンクリートを詰めた独自の構造で、そのうち一本がさらに高く伸びてアンテナとなる。柱には九つのカプセル状の小室と送信用のデッキが取りつき、展望室やレストランが設けられている。銀色の金属的な仕上げと相まって、地上の歴史的な街並みとは隔絶した、未来的な姿をつくりあげている。
意義・現在
完成当初、この塔はプラハの景観を乱すものとして、また共産主義時代の負の遺産として、嫌われ続けた。風向きを変えたのが、2000年に芸術家ダヴィト・チェルニーが柱に取りつけた、巨大な「赤ちゃん」の像である。バーコードの顔をもつ十体の赤ん坊が柱を這うこのユーモラスな仕掛けは、塔への評価を一変させた。今日ではプラハ屈指の名所として、多くの人々を惹きつけている。
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