イワン大帝の鐘楼 Ivan the Great Bell Tower
モスクワのクレムリンに建つ、高さ81メートルの鐘楼。1505年から1508年にかけて、イタリア人建築家ボン・フリャージンが、聖堂広場の諸聖堂のための鐘楼として築いた。1600年にゴドゥノフが高さを継ぎ足し、以後約400年にわたりロシアで最も高い建物であり続けた。
§1 — 概要概要
モスクワのクレムリンの聖堂広場に建つ、高さ81メートルの鐘楼である。クレムリンで最も高い建造物であり、自前の鐘楼をもたない聖堂広場の三つの大聖堂——ウスペンスキー(生神女就寝)、アルハンゲリスキー(大天使)、ブラゴヴェシチェンスキー(生神女福音)——のために鐘を吊るす。
歴史
この場所には、14世紀にイヴァン・カリタが建てた石造の聖堂(「梯子の聖イオアン」の教会)があり、「イワン(イオアン)」の名はこれに由来する。大公イヴァン3世によるクレムリンの大改築のなか、1505年から1508年にかけて、イタリアから招かれた建築家ボン・フリャージンが、新たな鐘楼を築いた。当初の高さは約60メートルであった。
1600年、ツァーリのボリス・ゴドゥノフが、塔にもう一段と金色のドームを継ぎ足し、高さは81メートルに達した。ドームの下には、ゴドゥノフ父子の名と建立の年を記した金文字の銘がめぐらされている。以後この鐘楼は、約400年にわたってロシアで最も高い建物であり続けた。1812年、モスクワから退却するナポレオン軍がこれを爆破しようとしたが、塔は持ちこたえた。隣接する鐘廊とフィラレート棟は破壊され、1814年から1815年にかけて再建された。
建築的特徴
塔は、上にゆくほど細くなる三つの八角形を積み上げた、垂直性のきわだつ構成をもつ。各段には鐘を吊るす開廊がめぐり、頂部は金色のドームと十字架で締めくくられる。壁は厚いところで5メートルにおよび、上段にはコーコシニクと呼ばれる装飾的な破風が連なる。イタリアの鐘塔(カンパニーレ)の発想を、ロシアの地に移し替えた塔であった。
意義・現在
イワン大帝の鐘楼は、クレムリンの幾何学的にも象徴的にも中心をなす建築である。その鐘の最初の一打は、モスクワ中の教会の鐘を鳴らし始める合図であった。遠くまで見晴らせる物見の塔ともなり、敵の接近を30キロ先から告げたという。今日ではモスクワ・クレムリン博物館の一部として、クレムリンの建築の歴史を伝える展示の場となっている。
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