イェウパトーリヤの金曜モスク Juma-Jami Mosque
クリミア半島イェウパトーリヤに建つ、半島最大級の歴史的モスク。オスマン帝国の宮廷建築家ミマール・スィナンの設計により1552年に起工し、1564年に完成した。中央ドームと二本のミナレットをもつオスマン古典様式の堂で、クリム・ハン国の戴冠儀礼の舞台でもあった。
§1 — 概要概要
ジュマ・ジャミ(金曜モスク、Cuma Cami)は、クリミア半島西岸の都市イェウパトーリヤ(旧称ギョズレヴェ)に建つ、クリミア最大級の歴史的モスクである。オスマン帝国のスレイマン1世に仕えた宮廷建築家ミマール・スィナンの設計になり、港町を見下ろす一帯にそびえて海からも陸からもよく見える。中央に大ドームを戴くオスマン古典様式の代表的作例である。
歴史
建設はクリム・ハン国の君主デヴレト1世ギレイの治世下、1552年に起工された。完成は後継のメフメト2世ギレイの代の1564年で、設計者のスィナンはイスタンブールのスレイマニエ・モスクなどを手がけた当代随一の建築家であった。ジュマ・ジャミはクリム・ハンの即位儀礼の舞台でもあり、イスタンブールでハン位を認められた君主はギョズレヴェに上陸し、この金曜モスクで臣下に支配の正統性を示したと伝えられる。20世紀以降は閉鎖や転用の時期を経て、現在は再びモスクとして用いられている。
建築的特徴
平面はハギア・ソフィア以来のビザンティン=オスマンの系譜を引き、方形の主室にペンデンティヴを介して中央ドームを架ける。大ドームの周囲には半ドームや小ドームが段状に積み重なり、外観に明確な階層を与えている。礼拝室の壁にはメッカの方角を示すミフラーブが穿たれ、二本のミナレットが天に向かって伸びる。装飾を抑え、量塊と空間の構成そのものによって荘厳さを表すスィナンの作風がよく表れている。
意義・現在
ジュマ・ジャミは、オスマン帝国の宮廷建築の様式が黒海北岸のクリミアにまで及んだことを示す貴重な遺構である。建物はウクライナでは国家的重要性をもつ文化遺産に指定されている。一方、2014年以降クリミアを実効支配するロシアは連邦級の文化遺産として登録しており、その扱いは国際的に係争下にある。半島の多層的な歴史を体現する記念碑として、今日も信仰と観光の両面で人々を集めている。