オスマン建築
Ottoman architecture年代
1300 — 1900
地域
アナトリア・バルカン(オスマン帝国)
時代
中世
オスマン建築は、13世紀末から20世紀はじめまで続いたオスマン帝国の建築の伝統である。ビザンティンの集中式聖堂とイスラームのモスク建築を総合し、大ドームを戴く求心的な礼拝空間を発展させた。アナトリアに興り、帝国の拡大とともにバルカン半島から中東、北アフリカへと広がった。初期にはブルサのイェシル・ジャミィ(緑のモスク)やエディルネのユチ・シェレフェリ・モスクに、ドームへ向かう構成の模索が見える。古典期には、首都イスタンブールでビザンティンのハギア・ソフィアを範としつつ独自のモスク建築が磨かれ、16世紀の宮廷建築家ミマール・スィナンのもとで頂点に達した。スィナンが手がけたイスタンブールのスュレイマニエ・モスクや、自らの最高傑作と称したエディルネのセリミエ・モスクは、中央の大ドームを半ドームや小ドームが支え、鉛筆のように細く高い尖塔(ミナレット)と前庭、列柱の回廊を備える。内部はイズニク・タイルや書(カリグラフィー)で飾られた。こうした大モスクは、しばしばマドラサ(学院)や施療院、給食施設、浴場などを伴う複合施設(キュッリエ)の中心として営まれ、礼拝の場であると同時に都市の核を成した。18世紀以降は西欧の影響が強まり、ヌルオスマニエ・モスクに見られるようなオスマン・バロックへと展開し、19世紀にはバリヤン家が手がけたドルマバフチェ宮殿のように、ヨーロッパの宮廷様式を全面的に取り入れた建築が現れた。ビザンティンとイスラームを母体とするこの伝統は、東地中海の建築史において独自の総合を成し遂げた点で重要である。
§1