EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
スルタンアフメト・モスク
© Moonik / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q80541
様式 · オスマン建築 時代 · 中世 類型 · 宗教建築 ★ ユネスコ世界遺産「イスタンブール歴史地域」(1985年登録)の一部

スルタンアフメト・モスク Sultan Ahmed Mosque

Sultan Ahmet Camii

イスタンブールの旧市街に立つ、オスマン帝国の壮大なモスク。1609年から1616年、スルタン・アフメト1世の命で築かれた。内部を覆う二万枚を超える青いイズニク・タイルから「ブルーモスク」と呼ばれる。六本の尖塔と、重なりあう円蓋が壮観をなす。世界遺産。

FIG. 02 — Location41.0054° N 28.9768° E
トルコ イスタンブール県 イスタンブール
§1 — 概要

概要

スルタンアフメト・モスク(Sultan Ahmet Camii)は、トルコ・イスタンブールの旧市街、スルタンアフメト地区に立つ、オスマン帝国を代表するモスクである。アヤソフィアと相対して建つ。内部を埋めつくす二万枚を超える青いイズニク・タイルから、「ブルーモスク」の名で広く親しまれている。六本の尖塔(ミナレット)と、頂へ向かって重なりあう円蓋の連なりが、壮大な姿をかたちづくる。

歴史

モスクは、スルタン・アフメト1世の命により、1609年から1616年にかけて築かれた。当時のオスマン帝国は、ハプスブルク家やサファヴィー朝との戦いに苦しみ、その威信にかげりが見えていた。年若い君主は、信仰の力によって帝国の栄光を取りもどそうと、この大伽藍を建てた。戦利品ではなく国庫の費用をあてたことは、当時、宗教学者たちの反発を招いたとも伝えられる。

設計を担ったのは、宮廷づきの建築家セデフカル・メフメト・アーガーである。彼は、オスマン建築の大成者ミマール・スィナンの弟子であり、師の古典様式を受けつぎながら、より装飾的で彫塑的な造形を加えた。隣り立つビザンティンの聖堂アヤソフィアの構成にも学んでいる。完成の翌年、アフメト1世は若くして世を去った。

建築的特徴

中央には直径およそ23メートルの大円蓋がかかり、その周りを四つの半円蓋が支える。さらに小さな円蓋や半円蓋が幾重にも連なって、なだらかに頂へと積みあがってゆく。前面には、オスマン建築でも有数の広さをもつ中庭が開ける。六本の尖塔は、当時、聖地メッカの大モスクに並ぶ数として物議をかもしたという。内部は、青や緑を基調とする二万枚あまりのイズニク・タイルと、二百を超えるステンドグラスの窓に彩られ、やわらかな光に満たされる。

意義・現在

スルタンアフメト・モスクは、ミマール・スィナンが築いた古典オスマン建築の、最後の大輪というべき名建築である。ビザンティンとイスラームの伝統を一身に受けとめ、壮麗な円蓋と青いタイルのなかに昇華させた。イスタンブール歴史地域の一部として、ユネスコ世界遺産に登録されている。今日もなお、人々が祈りを捧げる、生きたモスクでありつづけている。

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LAST EDIT — 2026.06.21
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