イスタンブール、ボスポラス海峡に臨むモスク。スルタン・アブデュルメジト1世の命でバルヤン父子が1850年代に設計し、新古典とオスマン・バロックを折衷した華やかな石彫装飾で知られる。
§1 — 概要概要
オルタキョイ・モスク(Ortaköy Camii、正式名ビュユク・メジディイェ・モスク)は、トルコ・イスタンブールのベシクタシュ区、ボスポラス海峡に張り出すように建つモスクである。水際に映える姿と、対岸へ渡るボスポラス橋を背にした眺めから、海峡を代表する景観のひとつに数えられる。
歴史
現在地には1720年に小さなモスクが建てられたが、1731年の動乱で失われた。これに代わるモスクが、オスマン皇帝アブデュルメジト1世の命により1850年代半ばに建てられた(着工・竣工の年は史料により1853〜1856年と幅がある)。設計を担ったのは、宮廷に仕えたアルメニア系の建築家ガラベト・バルヤンと、その子ニコゴス・バルヤンの父子である。二人は近隣のドルマバフチェ宮殿やドルマバフチェ・モスクも手がけ、19世紀オスマン建築を西欧化の方向へ導いた一族として知られる。1894年のイスタンブール地震で被災し、以後たびたび修復を受けた。1960年代にはドームの傾きと亀裂が進み、基礎の補強と鉄筋コンクリートによるドームの再建を経て1969年に再開、2014年には大規模修復が完了している。
建築的特徴
バルヤン父子はこのモスクを、同時代ヨーロッパの復興様式――新古典主義と、先行するオスマン・バロックの要素――を取り合わせた折衷的な意匠でまとめた。とりわけ精緻な石彫装飾は、同時期の他のモスクと一線を画す。平面はスルタンのための二層の付属棟(U字形)と方形の礼拝室からなり、単一のドームが内部を覆う。一対のミナレットが水辺に細く立ち上がり、白い石肌が海面の光を受ける。
意義・現在
オルタキョイ・モスクは、伝統的なオスマン・モスクの構成に西欧の様式語彙を重ねた、タンジマート期(近代化改革期)の建築を象徴する作例である。観光と祈りの場として今日も親しまれ、ボスポラスの風景に欠かせない存在となっている。