イスタンブール、ボスポラス海峡に臨むオスマン帝国の宮殿。1856年に完成し、バリヤン家が設計した。バロックやロココを折衷した壮麗な内装で知られ、トルコ最大級の宮殿建築。アタテュルク終焉の地でもある。
§1 — 概要概要
ドルマバフチェ宮殿は、トルコ・イスタンブールのボスポラス海峡ヨーロッパ岸に立つ宮殿である。オスマン帝国のスルタン、アブデュルメジト1世が1856年に完成させ、それまで政務の中心だったトプカプ宮殿に代わって帝国末期の中枢となった。ヨーロッパの宮廷建築を全面的に取り入れた壮麗な内装で知られ、トルコ最大級の宮殿建築である。
歴史
建設は1843年に始まり、1856年に落成した。設計はオスマン帝国の宮廷建築家を代々務めたアルメニア系のバリヤン家が担い、ガラベト・バリヤンと息子のニコゴス・バリヤンが手がけた。「ドルマバフチェ」は「埋め立てられた庭」を意味し、海峡の入江を埋め立てた土地に築かれたことに由来する。帝国の衰退期にあって西欧の列強に並ぶ威信を示すべく、巨費が投じられた。1938年11月10日、トルコ共和国の建国者ムスタファ・ケマル・アタテュルクがこの宮殿で没し、館内の時計の多くは今もその時刻で止められている。
建築的特徴
建物はバロック、ロココ、新古典主義の語法を一体に用いた折衷主義の作で、オスマンの伝統的な空間構成のうえに西欧の装飾を重ねている。海峡に面して左右に長く延びる正面、列柱と破風で整えた外観、内部の金箔と漆喰細工がきわだつ。儀礼の間(ムアイデ・サロン)には、英国のヴィクトリア女王から贈られたボヘミアン・ガラスの巨大なシャンデリアが下がり、世界有数の重さを誇る。バッカラ製クリスタルの手すりをもつ大階段も名高い。
意義・現在
ドルマバフチェ宮殿は、オスマン帝国が西欧化(タンジマート)の時代に自らをどう見せようとしたかを物語る建築である。伝統とヨーロッパ様式の融合は「オスマン・バロック」とも呼ばれ、バリヤン家が手がけた周辺の宮殿群とともにボスポラス沿岸の景観を特徴づけた。共和国の成立後は迎賓や公式行事の場として用いられ、現在は博物館として一般に公開されている。アタテュルク終焉の地としても、トルコ近代史の記憶を担う場所である。