EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ミマール・スィナン
© Hasan Rıza / Public domain

建築家 / Architect

ミマール・スィナン

Mimar Sinan

ミマール・スィナン(1490年頃–1588)は、オスマン帝国古典期を代表する宮廷建築家。アナトリア中部、ケイセリ近郊のアール村にキリスト教徒(ギリシア系またはアルメニア系)の家に生まれ、本名をヨセフといったとされる。1512年頃、デヴシルメによってイェニチェリ軍団に徴用されてイスラームに改宗し、軍の技術者として橋や城塞、攻城設備の構築に携わった。

1539年、スレイマン1世によって宮廷主席建築家(ミマールバシュ)に任じられ、以後スレイマン1世・セリム2世・ムラト3世の三代、約50年にわたってその任にあった。生涯に手がけた建築は数百に及び、モスク・宮殿・浴場・橋・水道・学校など多岐にわたる。ビザンティンのハギア・ソフィアを範としつつ、中央の大ドームを半ドームや小ドームが支える求心的な空間を洗練させ、内部を光で満たす構成を完成させた。

代表作にイスタンブールのスレイマニエ・モスク、自身が「最高傑作」と呼んだエディルネのセリミエ・モスクがある。トプカプ宮殿では、1574年の火災のあとに焼失した厨房群を再建し、ハレムや浴場、海側の亭を拡張した。西欧のミケランジェロにもなぞらえられる、イスラーム建築史上もっとも重要な建築家の一人である。

生没
1490 — 1588
国籍
オスマン帝国
運動
登録作品
14

代表作

Works
データ: Wikidata (Q5600) / 肖像: © Hasan Rıza / Public domain — Wikimedia Commons
ENTRY ID — ARC-0361