ダマスカスにある、スレイマン1世が建てさせたオスマン朝の宗教複合施設(テッキーヤ)。1554〜59年にミマール・スィナンの設計で築かれ、ダマスカスにオスマン建築の様式をもたらした。バラダ川のほとり、メッカ巡礼路の拠点として栄えた。
§1 — 概要概要
テッキーヤ・スレイマニエ(Sulaymaniyya Takiyya/アラビア語 التكية السليمانية)は、シリアの首都ダマスカスを流れるバラダ川の右岸に建つ、オスマン朝の宗教複合施設である。「テッキーヤ」とは、スーフィー(イスラーム神秘主義の修行者)のための修道場であり、メッカへ向かう参詣者の宿泊所をも兼ねた。オスマン帝国の最盛期を築いたスルタン、スレイマン1世(壮麗者)の命により、帝国を代表する建築家ミマール・スィナンの設計で建てられた。
歴史
西側の主要な建物群は、スィナンの図面に従って1554年から1559年にかけて建設された。1566年にはその東側にマドラサ(学院)が増築され、スレイマンの子セリム2世の名にちなんでサリーミーヤ・マドラサと呼ばれた。この複合施設は、ダマスカスにおけるオスマン建築様式の本格的な導入を画する作例とされる。以後、シリアを経てメッカへ向かう巡礼路の重要な拠点となり、隊商が集う場として栄えた。なお併設の墓地には、1922年にスルタン制の廃止で亡命を余儀なくされたオスマン朝最後のスルタン、メフメト6世が葬られている。
建築的特徴
中庭を囲む構成は、イスタンブルで完成されたオスマン様式の規範を、シリアの地に移したものである。中心となるモスクは、鉛で葺かれたドームを頂き、鉛筆のように細く高い二本のミナレットを立てる。礼拝室の内部には、メッカの方角を示す壁龕ミフラーブが穿たれる。一方で、白と黒の石を交互に積む縞模様の壁体(アブラク)など、地元シリアの伝統的な意匠も取り入れられており、帝都の様式と在地の手法とが融合している点に特色がある。
意義・現在
テッキーヤ・スレイマニエは、ダマスカスに残るオスマン建築のなかでもっとも重要な建造物とされる。帝国の中心から遠く離れた属州に、首都の洗練された様式がいかにもたらされたかを示す好例であり、巡礼と交易の結節点としての歴史的役割も大きい。今日も建物は維持され、ダマスカスの歴史的景観を構成する記念碑の一つとなっている。