クルチ・アリ・パシャ・ジャーミィ Kılıç Ali Pasha Mosque
イスタンブール・トプハーネに建つオスマン朝のモスク。1578–80年、大提督クルチ・アリ・パシャの発注によりミマール・スィナンが九十歳前後で設計した。アヤソフィアを範としたと言われる空間構成をもち、神学校・浴場・廟を含むキュッリイェを成す。
§1 — 概要概要
クルチ・アリ・パシャ・ジャーミィ(トルコ語: Kılıç Ali Paşa Camii)は、イスタンブールのベイオール地区トプハーネに建つオスマン朝のモスクである。1578年から1580年にかけて、宮廷建築家ミマール・スィナンの設計により建てられた。モスクのほか神学校(メドレセ)、浴場(ハマム)、廟(テュルベ)、泉亭を含むキュッリイェ(複合施設)を構成し、その全体は1587年頃までに整えられた。
歴史
建設を発注したのは、オスマン海軍を率いた大提督(カプダン・パシャ)クルチ・アリ・パシャである。彼はイタリア半島の出身で、のちに改宗してオスマン朝に仕え、レパントの海戦を生き延びて艦隊の再建を担った人物として知られる。伝承によれば、建設用地を求めた彼に対しスルタンは「海軍提督ならば海の上に建てよ」と答えたとされ、海を埋め立てた土地にモスクが築かれたという。設計を託されたミマール・スィナンは、このとき九十歳前後の高齢にあったが、なお円熟した手腕を発揮した。竣工当時、モスクは海に面して建っていたが、後年の埋め立てにより現在は海岸線から離れ、ガラタポート地区に面している。
建築的特徴
平面と構成は、しばしばアヤソフィア(ハギア・ソフィア)を範としたものと言及される。中央の大ドームを前後の半ドームが支え、その荷重はペンデンティヴを介して下部構造へと伝えられる。内部はスィナン円熟期の均衡のとれた空間を示し、ミフラーブの周囲や壁面には鮮やかなイズニックタイルが用いられている。外部には一本のミナレットが立ち、海辺のモスクとしての軽快な輪郭を与えている。付属するハマムは、今日も浴場として用いられている。
意義・現在
本モスクは、ミマール・スィナン最晩年の作品の一つであり、その長い経歴の掉尾を飾る建築として位置づけられる。アヤソフィアの空間構成を独自に再解釈した点において、オスマン古典建築の系譜を考えるうえで重要な作例である。21世紀初頭に大規模な修復が行われ、モスクおよび付属施設は今日も宗教施設として機能している。