イスタンブール、ベシクタシュの広場に建つオスマン朝のモスク。海軍提督スィナン・パシャの寄進により、宮廷建築家ミマール・スィナンが1554年に着工し1555年頃に完成した。六角形平面の上に単一ドームを架けた、簡潔で実験的な小規模モスクである。
§1 — 概要概要
スィナン・パシャ・ジャーミイ(Sinan Paşa Camii)は、トルコ・イスタンブールのベシクタシュ地区、フェリー乗り場にほど近い広場に建つオスマン朝のモスクである。オスマン海軍の大提督(カプダン・パシャ)であったスィナン・パシャの寄進により建てられ、設計は16世紀オスマン建築を代表する宮廷建築家ミマール・スィナンが手がけた。規模は地区モスク(マハッレ・ジャーミイ)に近い小ぶりなものだが、後年のスィナンが繰り返し用いることになる六角形平面の出発点として、建築史的に重要な位置を占める。
歴史
寄進者のスィナン・パシャは、大宰相リュステム・パシャの弟であり、スレイマン1世の治世下で海軍を率いた人物である。彼は1553年(一説に1554年)に没し、モスクの完成を見ることなく世を去ったため、自らの寄進したモスクには葬られず、ユスキュダルのミフリマー・スルタン・モスクに埋葬された。建設はスィナン・パシャの死後に本格化し、1554年に着工、1555年から56年にかけて完成したとされる。モスクは単独の礼拝堂ではなく、マドラサ(学院)や小学校、ハマム(浴場)などを備えたキュッリイェ(複合施設)として整備されたが、現在まで残るのは主にモスクとマドラサの部分である。
建築的特徴
平面は長方形で、中央を直径12.6メートルの単一ドームが覆う。このドームは6本のアーチが支える六角形の架構の上に載り、2本の自立する六角形の柱とペンデンティヴ状の小面によって方形の空間へと移行する。スィナンはエディルネのユチ・シェレフェリ・モスクの形式を研究し、その弱点を独自の工夫で克服しようとした。この六角形の支持システムは、のちのカラ・アフメト・パシャ・モスクやソコッル・メフメト・パシャ・モスクなど、スィナンの円熟期の作品へと展開していく。外壁は切石と煉瓦を交互に積む典型的なオスマンの組積で、縞模様の表情を生む。前庭はコの字型のマドラサに三方を囲まれ、中央には1555〜56年の銘をもつ大理石の泉が置かれている。ミフラーブを備えた礼拝室は、かつて鮮やかな彩色とステンドグラスで飾られていた。
意義・現在
スィナン・パシャ・ジャーミイは、ミマール・スィナンが六角形平面という主題に初めて本格的に取り組んだ作例として、その後のオスマン・モスク建築の発展を考えるうえで欠かせない。立地が市街地の喧噪に埋もれているため大規模な皇帝モスクほど知られていないが、コンパクトな空間に構造的な実験を凝縮した、スィナン初期の到達点を示す建築である。通りを挟んだ向かいには、同じくスィナンが手がけた大提督バルバロス・ハイレッディン・パシャの霊廟が建ち、ベシクタシュの海と結びついたオスマン海軍ゆかりの一帯を形づくっている。現在も現役のモスクとして使われ、礼拝時間以外は参拝・見学が可能である。