リヴィウ昇天大聖堂バシリカ Latin Cathedral
ウクライナ西部リヴィウの旧市街、市場広場に建つカトリック大聖堂。1360年に着工したゴシックの聖堂で、後にバロックの内部と鐘塔を加えた、同市の歴史地区を代表する建築である。
§1 — 概要概要
リヴィウ昇天大聖堂バシリカ(通称ラテン大聖堂、ウクライナ語:Латинський собор)は、ウクライナ西部の都市リヴィウの旧市街、市場広場(リノク広場)の南西隅に建つカトリックの大聖堂である。14世紀に着工したゴシックの聖堂を核に、後世にバロックの内装と高い鐘塔が加えられた。リヴィウのラテン典礼カトリック大司教区の司教座聖堂であり、市の歴史地区を代表する建築の一つである。
歴史
この地には1344年に木造の聖堂が建てられたが、まもなく火災で失われた。1360年、ポーランド王カジミェシュ3世(大王)が、新設のリヴフ司教区の大聖堂として、現在の石造聖堂の建設を始めた。聖堂は1405年に一度奉献されたのち15世紀を通じて工事が続き、1481年に最終的に奉献された。当初のゴシックの建設を率いた棟梁の名は伝わらない。1761年から76年にかけて、建築家ピョートル・ポレヨフスキの指揮のもと内部がバロック様式に改められ、高い鐘塔が加えられた。彫刻家ヨハン・ゲオルク・ピンゼルらがこれに加わっている。1892〜98年には内陣がゴシック・リヴァイヴァルで改修され、ヤン・マテイコらの下絵によるステンドグラスが入れられた。1910年に教皇ピウス10世からバシリカ・ミノルの地位を与えられた。
建築的特徴
平面は三廊式のバシリカで、身廊は尖頭アーチとリブ・ヴォールトで覆われ、内部に高く垂直に伸びる空間をつくる。本体のゴシックの骨格に、18世紀のバロック改修による祭壇・装飾と、19世紀末のステンドグラスが重なり、複数の時代の様式が一つの堂内に共存している。市場広場の角という限られた敷地に立つため、平面はやや不規則である。
意義・現在
ラテン大聖堂は、ポーランド・リトアニア共和国の東方におけるカトリックの中心の一つとして、数百年にわたり都市の歴史を見守ってきた。ソ連時代にもリヴィウで閉鎖を免れた数少ないカトリック聖堂であり、1991年には教皇ヨハネ・パウロ2世がリヴィウ司教区を再興した。建物はユネスコ世界遺産「リヴィウ歴史地区」(1998年登録)の構成資産であり、現在も礼拝が続けられている。