マイゼル・シナゴーグ Maisel Synagogue
プラハのユダヤ人街ヨゼフォフに建つシナゴーグ。富裕な実業家モルデハイ・マイゼルの寄進により1590年代に後期ルネサンスの様式で建てられ、度重なる火災を経て19世紀末にネオゴシックへ改築された。現在はプラハ・ユダヤ博物館の展示施設。
§1 — 概要概要
マイゼル・シナゴーグ(Maiselova synagoga)は、チェコ・プラハの旧ユダヤ人街ヨゼフォフに建つシナゴーグ。皇帝ルドルフ2世の宮廷で重きをなした実業家モルデハイ・マイゼルの私財により16世紀末に建立された。創建時は後期ルネサンスの様式だったが、度重なる火災と改築を経て、現在の外観は19世紀末のネオゴシック改築によるものである。プラハ・ユダヤ博物館が管理し、ボヘミアのユダヤ史を伝える展示施設として公開されている。
歴史
建立を発意したのは、ゲットーの庇護者として知られた富商モルデハイ・マイゼルである。1590年に建設用地を得たマイゼルは、翌1591年に皇帝ルドルフ2世から自前のシナゴーグを建てる特権を認められた。設計図はユダ・コレフ・デ・ヘルツが起こし、ヨゼフ・ヴァールが施工して、1592年のシムハト・トーラーの祭日に献堂された。完成当時はゲットーで最も大きく豪奢な建物であった。しかし1689年の大火でゲットー全体が被災し、急ぎ再建された際に全長の三分の一を失う。1754年にも火災に見舞われ、1864年にはJ・W・ヴェルトミュラーの設計で再建された。さらに19世紀から20世紀への変わり目に、建築家アルフレート・グロッテがネオゴシック様式で全面的に改築し、今日見る姿が定まった。
建築的特徴
創建時のシナゴーグは、当時のプラハで隆盛した後期ルネサンス(マニエリスム)の意匠をまとっていたとされるが、二度の火災と数次の改築によって原形はほとんど失われている。現在の外観を特徴づけるのは、グロッテによるネオゴシックの尖頭アーチと控え目な小尖塔であり、三廊式の内部には女性用のギャラリーを備える。長く白一色に塗られていた時期もあったが、近年の修復で装飾要素が強調され、20世紀初頭の彩りが取り戻された。
意義・現在
マイゼル・シナゴーグは、黄金期を迎えたルネサンス期プラハのユダヤ人街を象徴する建築として出発し、その後の火災・再建・改築の歴史そのものが、中欧ユダヤ社会のたどった運命を映している。ナチス占領下には、チェコ各地のユダヤ共同体から接収された財産がこの建物に集められた。戦後はプラハ・ユダヤ博物館の所蔵庫を経て展示施設となり、2014年から2015年の修復を経て、9世紀から啓蒙時代に至るボヘミアのユダヤ史を語る常設展を公開している。