カリアの太守マウソロスとその妃アルテミシア2世のために、前4世紀半ばのハリカルナッソス(現ボドルム)に築かれた壮大な墓碑。36本のイオニア式列柱と階段ピラミッドを戴く姿は古代世界の七不思議に数えられ、「霊廟(マウソレウム)」の語源となった。
§1 — 概要概要
古代カリアの首都ハリカルナッソス(現トルコ・ボドルム)に築かれた、巨大な墓碑である。アケメネス朝ペルシアの太守としてカリアを治めたマウソロスと、その妃にして姉妹であったアルテミシア2世のための墓として、前4世紀半ばに完成した。ギリシア・近東・エジプトの要素を融合した壮麗な姿は古代世界の七不思議の一つに数えられ、「霊廟(マウソレウム)」という語そのものが、この建物に眠るマウソロスの名に由来する。
歴史
マウソロスは前353年に没し、妃アルテミシアが建設を引き継いだ。彼女自身も前351年ごろに世を去ったが、職人たちはその名声と自らの技芸のためにとどまって工事を続け、前350年ごろに完成したと伝えられる。設計はギリシアの建築家サティロスとプリエネのピュティオスが担い、両者はこの建築について論じた書物も著した(現存しない)。四つの面の彫刻は、当代随一の彫刻家スコパス・ブリュアクシス・ティモテオス・レオカレスがそれぞれ一面ずつ手がけたという。
霊廟は古代を通じてほぼ無傷で残ったが、中世に相次いだ地震で崩れ、七不思議のうち最後まで姿をとどめた建造物となった。15世紀末、聖ヨハネ騎士団はその切石をボドルムの聖ペテロ城(ボドルム城)の築造に転用した。19世紀半ばにはチャールズ・ニュートンが現地を発掘し、彫像や浮彫の断片を大英博物館へ運んだ。
建築的特徴
高さは約45メートルに達したと推定される。矩形の基壇の上に36本のイオニア式列柱が立ち並び、遠目には神殿のような外観を呈した。その上に24段の階段状のピラミッド屋根が載り、頂部には四頭の馬が引く戦車(クァドリガ)の彫刻が据えられて、マウソロスとアルテミシアの像がこれに乗っていた。
高く積み上げるこの墓の形式は、マウソロスが征服した隣国リュキアの墳墓(ネレイデス記念碑など)に範をとったものである。神々ではなく人や動物の彫像で飾られた点も特異で、支配者の威光と王朝の記憶を顕彰する記念碑としての性格を強くもっていた。
意義・現在
マウソロスの墓は、その壮麗さゆえに、以後あらゆる壮大な墓を「マウソレウム(霊廟)」と呼ばせるほどの規範となった。今日、現地に残るのは基壇と礎の一部、そして小さな博物館のみだが、大英博物館に収められたアマゾノマキア(ギリシア人とアマゾンの戦い)の浮彫や巨大な人物像が、失われた七不思議の威容を今に伝えている。
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