アルテミス神殿 Temple of Ephesian Artemis
小アジアのエフェソス(現トルコ・セルチュク)に築かれた、女神アルテミスを祀る巨大なイオニア式神殿。前550年ごろリュディア王クロイソスの援助で建てられ、放火と再建を経て古代世界の七不思議に数えられた。今は遺跡を残すのみである。
§1 — 概要概要
小アジア西岸の都市エフェソス(現トルコ・セルチュク近郊)に築かれた、女神アルテミスを祀る巨大な神殿である。アルテミシオンとも呼ばれ、全体を大理石で築いた最初期のギリシア神殿として、また古代世界の七不思議の一つとして名高い。幾度も破壊と再建を繰り返したのち、古代の終わりに失われ、今日では湿地に基壇と一本の円柱を残すのみである。
歴史
この地のアルテミス信仰は古く、初期の社殿は前7世紀に洪水で失われたと伝わる。前550年ごろ、リュディア王クロイソスの援助を受けて壮大な大理石の神殿が着工された。設計を担ったのはクレタ島出身のケルシフロンと子のメタゲネスで、長い歳月をかけてエフェソスのパイオニオスらが完成させたという。
前356年、ヘロストラトスという男が、ただ名を後世に残したいという理由から神殿に放火し、これを焼き尽くした。エフェソス人は彼の名を口にすることを禁じたが、その名はかえって「悪名による名声」の語源として残った。この火災は、伝承ではアレクサンドロス大王が生まれた夜の出来事とされる。やがて神殿は以前にも増して壮麗に再建され、この姿が七不思議として讃えられた。しかし3世紀にゴート族の侵攻で破壊され、古代末期にその歴史を閉じた。
建築的特徴
神殿はおよそ長さ115メートル、幅55メートルに及び、当時最大級のギリシア神殿であった。周囲を127本ものイオニア式の円柱が二重に取り巻き、その高さは18メートルに達したと伝えられる。柱のいくつかは基部に浮彫を施され、列柱がつくる回廊が、女神の像を納めた内陣をめぐっていた。
地震を避けるためにあえて湿地が選ばれ、木炭と羊皮を敷いた基礎の上に建てられたとも、巨大な石材は車輪状に仕立てて牛に引かせて運んだとも、古代の著述家は記している。その規模と工法は、ギリシア建築が達した技術と美意識の高みを示すものであった。
意義・現在
アルテミス神殿は、信仰と交易の中心として古代地中海世界に名をとどろかせ、各地から巡礼者と富を集めた。度重なる破壊にもかかわらず人々が繰り返し再建した事実こそ、この神殿が帯びた威信の証であった。現在、現地に残るのはわずかな礎石と再建された一本の円柱のみだが、発掘された浮彫の断片は大英博物館に収められ、失われた七不思議の姿を今に伝えている。
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