モナコ公国モンテカルロに建つ、ベル・エポックを象徴する華麗なカジノ=歌劇場。パリ・オペラ座を手がけたシャルル・ガルニエが1878〜79年に改築し、ドームと小塔を戴く現在の姿を与えた。
§1 — 概要概要
モンテカルロ・カジノ(Casino de Monte-Carlo)は、モナコ公国モンテカルロに建つ、ベル・エポックを象徴する華麗なカジノ=歌劇場の複合施設である。カジノに加えてモンテカルロ歌劇場(サル・ガルニエ)を擁し、海洋浴会社(ソシエテ・デ・バン・ド・メール、SBM)が所有・運営する。パリ・オペラ座を手がけたシャルル・ガルニエが与えた、ドームと小塔を戴く外観で知られる。
歴史
カジノの構想は、財政難に苦しむモナコを救う方策として、摂政カロリーヌ妃とシャルル3世のもとで生まれた。レ・スペリュグと呼ばれる荒れた台地に1858年に礎石が据えられ、1863年に最初の建物が完成。同年に設立されたSBMの利権を得た実業家フランソワ・ブランが、「一つだけゼロの少ないルーレット」などで賭博場を繁盛させ、その収益でシャルル3世は1869年に住民の直接税を廃した。カジノ周辺の新市街は、公にちなんで「モンテカルロ」と名づけられた。
現在の姿は、1878年の大改築による。フランソワの未亡人マリー・ブランが旧建物を取り壊させ、パリ・オペラ座で名を成したシャルル・ガルニエと建築家ジュール・デュトルーが、わずか半年余りで新たな複合施設を建てた。ガルニエは海側に演奏会場(後のサル・ガルニエ)を設け、建物全体をドームと二本の小塔で飾って今日の外観を与えた。歌劇場は1879年1月25日、サラ・ベルナールを迎えて開場している。デュトルーは広間(アトリウム)と賭博室を手がけた。その後も1880年代から20世紀初頭にかけて、増改築が重ねられた。
建築的特徴
絢爛たるボザール様式=第二帝政様式の作で、左右対称のファサード、コリント式の円柱、彫刻の施された帯状装飾、そしてドームが、保養地にふさわしい劇的な華やかさをつくり出す。内部は大理石張りの広間、イタリア式の劇場、金と鏡で覆われた賭博室が連なる。
意義・現在
モンテカルロ・カジノは、19世紀後半のリヴィエラに花開いた享楽と社交の建築を、今日に伝える象徴的な存在である。賭博場であると同時に、歌劇とバレエを擁する文化の拠点でもあり続けている。