モスクワ川の湾曲部に造成された高層業務地区。1991年に構想され、旧採石場と工場の跡地に十数棟の超高層ビルが集積して、ヨーロッパで最も摩天楼の密集する一角となった。
§1 — 概要概要
モスクワ・シティ(正式にはモスクワ国際ビジネスセンター)は、モスクワ中心部の西、クレムリンから約4キロのプレスニャ地区に造成された高層業務地区である。約60ヘクタールの敷地はモスクワ川の湾曲部に面し、かつては採石場と工場が占めていた。1990年代初頭に構想され、2000年代以降に十数棟の超高層ビルが建ち上がって、ヨーロッパで最も超高層建築が集中する一角となった。単体の建築ではなく街区単位の再開発として計画された点に、この場所の性格がある。
歴史
構想は1991年、建築家ボリス・トホルがモスクワ市に提案したことに始まる。トホルは荒廃した工業地を国際的な業務中心地へ転換して歴史地区の負荷を減らすことを狙い、塔を螺旋状に配して中央に公共空間を置く計画をまとめた。1992年に事業主体として市の出資会社「シティ」が設立され、1994年に初期案が固まる。1995年に造成が始まり、1996年12月には最初の建物であるタワー2000が着工、2001年に完成した。街区ごとに投資家と設計者が異なる方式がとられたため進捗は個別事情に左右され、2008年の金融危機で複数の計画が凍結される。ノーマン・フォスターが設計し高さ612メートルを予定していたロシア・タワーは、この時期に工事が中断して翌年中止となった。2010年代に建設が再開すると、2013年のメルクーリー・シティ・タワー、2015年のOKO、2017年のフェデレーション・タワー東棟と、この地区の塔が相次いでヨーロッパの高さ記録を更新する。2020年のネヴァ・タワーズ完成後も開発は続き、2019年に着工した高さ403.9メートルのワン・タワーが建設中である。
建築的特徴
計画の骨格は、セントラル・コアと呼ばれる低層の複合施設を中央に置いてその周囲に塔を配し、地下に鉄道駅・道路・駐車場を重ねる立体的な構成である。街区ごとに設計者が分かれた結果、形態に統一性はない。二重螺旋のようにねじれるエヴォリューション・タワー(トニー・ケトル設計、246メートル)、銅色のガラスをまとうメルクーリー・シティ・タワー(338.8メートル)、高さを違えた二棟が並ぶフェデレーション・タワー(東棟374メートル、西棟242メートル)といった具合に、1990年代から2010年代までの超高層の意匠がそのまま並ぶ標本のような様相を呈する。構造は鉄筋コンクリートのコアにカーテンウォールを掛ける方式が主流で、住宅・ホテル・事務所を垂直に積む用途混在も共通する。低層部を連ねて歩行者デッキと商業空間をつなぐ手法もとられ、モスクワ川を渡るバグラチオン橋がタワー2000と本体地区を結んでいる。
意義・現在
ソビエト期のモスクワの高層建築は、スターリン様式の「七姉妹」に代表される国家的な記念性を担っていた。モスクワ・シティはこれに対し、民間投資が主導する市場経済型の高層開発として構想され、都市のスカイラインを短期間で塗り替えた。他方、歴史的市街地との断絶、交通負荷、街路レベルの居心地の乏しさは早くから批判の対象となっている。2023年7月末にはウクライナ侵攻に伴うドローン攻撃で複数の棟の窓が破損した。計画23件のうち完成したのは十数件で、開発は現在も継続している。完成した都市というより、進行中の実験として読むのが実態に近い。