北カフカス、北オセチアの州都ウラジカフカスのテレク川左岸に建つスンニ派のモスク。アゼルバイジャンの石油富豪ムルトゥザ・ムフタロフの寄進により1900年から1908年にかけて建てられ、カイロのモスクに範をとった優美な姿で知られる。
§1 — 概要概要
ムフタロフ・モスク(Mukhtarov Mosque)は、ロシア南部・北オセチア共和国の州都ウラジカフカスを流れるテレク川の左岸に建つスンニ派のモスクである。正式にはスンニ派モスクと呼ばれるが、その建設を支えた人物の名をとってこの通称で広く知られる。カフカス山脈を背景に水辺へ映えるその姿は、市を代表する景観の一つに数えられる。
歴史
建設の許可は1900年に下り、市はテレク川左岸の敷地を提供した。事業の費用の大半を負担したのは、アゼルバイジャンの石油で財を成し、カフカス各地で慈善家として知られたムルトゥザ・ムフタロフであった。設計を託されたのはポーランド出身の建築家ユゼフ・プウォシュコで、彼はバクーのムフタロフ宮殿も手がけた人物である。工事は1908年に完了し、モスクは地域のムスリム共同体の祈りの場となった。帝政期に建てられたこの建物は、ソ連時代の1934年には歴史的建造物として保護の対象となり、宗教施設が次々に閉鎖される時代を生き延びた。1996年には爆発によって大きな損傷を受けたが、のちに修復されている。
建築的特徴
プウォシュコは、カイロのアル・アズハル・モスクをはじめとするエジプトの建築に着想を得て設計を進めた。そのため、地域に多いオセットやロシアの建築とは趣を異にし、エジプト・マムルーク朝風の優雅な意匠が随所に見られる。本体の上には中央のドームがかかり、四隅には細いミナレットが立ち上がる。壁面には濃淡の石を交互に積む装飾や、幾何学的なアラベスク、繊細な彫りがほどこされ、開口部には尖頭や馬蹄を組み合わせたアーチが用いられている。山稜を背にした立地と相まって、東方的で絵画的な佇まいを際立たせている。
意義・現在
ムフタロフ・モスクは、19世紀末から20世紀初頭にかけてカフカスへ流れ込んだ石油の富と、それを背景とした多民族・多宗教の交わりを物語る建築である。施主はアゼルバイジャン人、設計者はポーランド人、範はエジプトに求められ、祈りの場として北オセットのムスリムが集うという、地域の重層的な性格がこの一棟に凝縮されている。修復を経た今日も現役のモスクとして用いられ、ウラジカフカスの川辺を象徴する建物でありつづけている。