EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ストックホルム東洋美術館
© Holger.Ellgaard / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q298289

ストックホルム東洋美術館 Museum of Far Eastern Antiquities

Östasiatiska museet

スウェーデン、ストックホルムのシェップスホルメン島に建つ東アジア美術の博物館。海軍の武器庫であった建物テューグヒューセットを1963年に転用したもので、設計はバロックの巨匠ニコデムス・テッシン(子)による。

FIG. 02 — Location59.3269° N 18.0819° E
スウェーデン ストックホルム県 ストックホルム
§1 — 概要

概要

ストックホルム東洋美術館(スウェーデン語: Östasiatiska museet、「東アジア博物館」の意)は、スウェーデンの首都ストックホルムにある、中国・日本・インドなどアジアの古美術を収蔵する博物館である。市街東縁の小島シェップスホルメン島に建ち、隣接する近代美術館(モデルナ・ムセーット)とともに、旧海軍施設を文化施設へ転用した同島の景観を構成している。博物館が入る細長い建物は「テューグヒューセット(Tyghuset、武器庫の意)」と呼ばれ、もとは海軍の縄編場・厩舎・武器庫として用いられた歴史的建造物である。

歴史

建物の起源は、1663年にシェップスホルメン島へ建設された海軍の縄編場(ロープ製造所)にさかのぼる。船の艤装に不可欠な長大なロープを綯うため、建物は島を縦断する細長い形をとった。1697年の火災で大きく損なわれた後、国王カール12世は宮廷建築家ニコデムス・テッシン(子)に再建を命じ、1699年から1704年にかけて近衛兵の厩舎として建て直された。しかし大北方戦争のさなかにあって厩舎として使われることはほとんどなく、1724年から1728年にかけて改修され、武器庫(テューグヒューセット)と呼ばれるようになった。その後は貧民の収容所や、国王フレドリク1世の獅子・虎を飼う場としても用いられている。19世紀半ばと20世紀初頭には北側に階が増築された。東洋美術館そのものは1926年にスウェーデン議会の決議によって設立され、当初は国立美術館内に置かれていたが、1963年にこのテューグヒューセットへ移転した。

建築的特徴

テューグヒューセットは、縄編場という用途に由来する、島を貫く著しく細長い平面をもつ。設計者テッシン(子)はストックホルム王宮やドロットニングホルム宮殿を手がけたスウェーデン・バロックの代表的建築家であるが、本来が軍事・実用の建物であるため、宮殿建築のような華麗な装飾は抑えられ、黄色く塗られた長大な壁面が淡々と連なる簡素な外観をとる。その端正な比例とリズムにこそ、テッシンの古典的な感覚がうかがえる。後世の階増築によって北半部は高さを増し、南半部とのあいだに左右非対称が生じているが、これも建物の重ねられた歴史を物語る痕跡である。

意義・現在

本館の収蔵品は、考古学者ヨハン・グンナル・アンデショーンが中国で収集した先史時代の彩陶を核とし、ヨーロッパ有数の東アジア美術コレクションへと発展した。1999年からはスウェーデン国立世界文化博物館群の一部となっている。軍事施設として生まれた建物が、ロープ・武器・獅子、そして東洋の古美術を順に容れてきた来歴は、ストックホルムの近世から現代に至る都市史を凝縮している。なお同館は改修のため近年休館しており、2026年の再開が予定されている。

関連する建築

Related
同じ様式
古典主義 エリゼ宮殿
1722 · パリ
エリゼ宮殿
Armand Claude Mollet

パリ8区、フォーブール・サントノレ通りに建つフランス大統領官邸。1722年にオテル…

データ: Wikidata (Q298289) / 画像: © Holger.Ellgaard / CC BY-SA 3.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.06.29
ENTRY ID — BLD-1002