スウェーデン王の公邸。1697年に焼失した旧城トレ・クローノルの跡に、ニコデムス・テッシン(子)の設計で再建されたバロックの宮殿で、1754年に王室が入居した。
§1 — 概要概要
ストックホルム宮殿(Stockholms slott)は、スウェーデンの首都ストックホルムの旧市街ガムラ・スタンに建つ、同国君主の公邸である。「王宮(Kungliga slottet)」とも呼ばれる。13世紀以来この地にあった中世の城トレ・クローノルが1697年に焼失した跡に、バロック様式で再建された宮殿であり、ヨーロッパ最大級の規模をもつ王宮の一つに数えられる。現在も国家元首としての国王の公務に用いられ、王室や宮内庁の事務所、礼拝堂、複数の博物館を内包する。
歴史
中世以来の王城トレ・クローノルは、1697年5月7日の大火でその大半を焼失した。火災の直前に改修されたばかりの北棟だけが焼け残り、新宮殿の一部に組み込まれることとなった。火災から間もなく、建築家ニコデムス・テッシン(子)が新宮殿の設計図を提出し、再建が始まった。しかし1700年に始まった大北方戦争の戦費がかさみ、工事は1709年に中断、戦後の1727年にようやく再開された。テッシンは1728年に世を去り、その後を継いだカール・ホーレマンが工事を統率し、室内をロココ様式で整えた。宮殿は1754年に居住可能となり、ヴランゲル宮殿に仮住まいしていた王室は同年の待降節に新宮殿へ移った。内部の装飾はその後も数十年にわたって続けられた。
建築的特徴
テッシンの設計は、ローマのバロック建築に範をとった厳格で重厚な構成を特徴とする。四つのファサードはそれぞれ性格を異にし、外側の中庭に面する西側は国王の正面として武具など男性的・軍事的な装飾でまとめられ、東側は王妃の領分とされた。主階(ピアノ・ノービレ)に儀礼空間を配し、壮麗な大階段を介して国家広間や礼拝堂へと導く構成は、君主の権威を空間の序列として可視化している。一方、ホーレマンが手がけた室内は、軽やかで優美なロココの意匠に彩られ、フランス由来の彫刻家・職人が腕をふるった。外観の重々しいバロックと内部の繊細なロココの対比が、この宮殿の見どころの一つである。
意義・現在
ストックホルム宮殿は、スウェーデンが大国として隆盛した時代の国家的威信を体現する建築であり、ニコデムス・テッシン(子)の代表作として北欧バロックの到達点に数えられる。完成以来、大きな改変を受けずに今日まで伝わっており、国の重要な記念建造物として保護されている。王室の主たる居所がドロットニングホルム宮殿に移った現在も、国王の公的な居城として儀礼や賓客の接遇に用いられ、一般にも公開されている。