名築が収録する公開済みの建物のうち、ロンドン地下鉄の駅は9件、モスクワ地下鉄の駅は35件ある。ロンドンの7件はチャールズ・ホールデンが1926年から1947年に…
モスクワ地下鉄アルバーツコ=ポクロフスカヤ線の駅。1961年開業。脱スターリン化後に規格化された柱式(百足型)駅の最初の事例で、以後ソ連各地に広まる標準設計の原型となった。
§1 — 概要モスクワ東部のイズマイロヴォ地区に位置する、モスクワ地下鉄アルバーツコ=ポクロフスカヤ線の地下駅である。1961年に開業し、脱スターリン化以降に確立された規格型の柱式駅の最初の実例として知られる。
当駅は、1957年に決定された路線計画のなかで「第11パールコヴァヤ」の設計名で構想された。開削工法によって築かれ、1961年10月21日に開業すると、それまでイズマイロヴォ車両基地内で暫定的に使われていた同名の旧駅は閉鎖された。1963年にシチョルコフスカヤ駅まで延伸されるまでは、路線の終端駅であった。設計はミハイル・マルコフスキーとヤ・タタルジンスカヤが担当した。駅名は、労働者の祝日であるメーデー(五月一日)にちなむ。
地表に近い浅い位置へ開削工法で築かれた、箱形の躯体をもつ。その内部に二列の柱を等間隔で立てて天井を支える百足型の標準設計であり、深層に宮殿のような空間を穿ったスターリン期の駅とは構造からして異なる。柱は赤みを帯びた大理石で覆われ、上端がわずかに広がる形をとる。壁面はタイル張りとされ、装飾は最小限に抑えられている。意匠の独自性よりも、同じ部材と工法をどこでも繰り返せる反復可能性を重んじた構成に、この駅の歴史的な意味がある。
当駅で確立された柱三廊式の規格は、その後モスクワをはじめ旧ソ連各地の地下鉄に広く採用された。華美な装飾から経済性へと転じた、戦後ソ連の建設思想の転換を体現する一例である。現在も通勤路線の駅として日常的に利用されている。
名築が収録する公開済みの建物のうち、ロンドン地下鉄の駅は9件、モスクワ地下鉄の駅は35件ある。ロンドンの7件はチャールズ・ホールデンが1926年から1947年に…