ポタラ宮 Potala Palace
チベット・ラサのマルポリの丘に建つ、歴代ダライ・ラマの冬の宮殿。1645年にダライ・ラマ5世が着工し、政務の場である白宮と、霊塔を納める紅宮からなる。高さ117メートル、13層に及ぶ石造の巨躯である。
§1 — 概要概要
ポタラ宮は、チベット自治区ラサの中心部、標高約3,700メートルのマルポリ(紅い山)の頂に築かれた宮殿である。歴代ダライ・ラマの冬の居所であり、同時にガンデンポタン(チベット政府)の政庁でもあった。東西約400メートル、丘の上端から測って高さ117メートル、13層に及ぶ巨躯は、単体の建造物として世界でも最大級の規模をもつ。名は観音菩薩の住処とされる補陀落山(サンスクリット名ポータラカ)に由来し、ダライ・ラマを観音の化身とみなす信仰と直結する。1994年に世界遺産に登録された。
歴史
この丘には、7世紀に吐蕃の王ソンツェン・ガンポが宮殿を築いたと伝えられる。伝承では637年のこととされるが、その建物は失われ、現在は北西隅の二つの堂に痕跡をとどめるのみである。現存する建物は、1642年にグシ・ハンの支持を得てチベットの統治権を掌握したダライ・ラマ5世ガワン・ロサン・ギャツォが、1645年に起工したものである。デプン寺とセラ寺、そしてラサ旧市街の中間という立地が、政庁の位置として選ばれた理由であった。白宮は数年で外郭が立ち上がり、1649年にダライ・ラマが移り住んでいる。紅宮の建設は5世の没(1682年)後に摂政の主導で始まり、1694年に完成した。起工から半世紀を要したことになる。以後も歴代ダライ・ラマの霊塔が加えられ、1930年代には13世の霊塔を納めるため西側が増築された。1959年にダライ・ラマ14世がインドへ亡命した後は主を失い、現在は博物館として管理・公開されている。
建築的特徴
構造は、チベットからブータンに広がる城塞的な僧院建築(ゾン)の系譜に属する。外壁は石積みで、下方ほど厚く、上方へ向けて内側に傾斜する。基部の厚さは5メートルに達し、地震に備えて基礎には銅を流し込んだと伝えられる。窓は上層ほど大きくとられ、傾斜した壁面と相まって実際以上の高さを感じさせる。上層は白く塗られた白宮(ポタン・カルポ)と、赤く塗られた紅宮(ポタン・マルポ)に大きく分かれる。白宮はダライ・ラマの居住と政務の場で、38本の柱が支える東大殿や、南面を大きく開いて採光した日光殿を含む。紅宮は儀礼と追善の空間であり、大集会場を中心に、歴代ダライ・ラマの霊塔(チョルテン)を納めた霊塔殿が吹き抜けで立ち上がる。なかでも5世の霊塔は高さ15メートル、覆う金は3.7トンに及ぶ。石の外殻の内側は木造で、彩色された柱と梁が千を超える部屋を支え、壁面は厖大な壁画と塑像で埋められている。
意義・現在
ポタラ宮は、宗教的権威と世俗権力を一人の人格に集約したダライ・ラマ政権の性格を、そのまま建築の形にした例である。白と赤の対比が政と教の二領域を可視化し、丘の上へ積み上げられた量塊がラサの都市空間を支配する。同時にこの建物は、外壁の傾斜と質感、内部の木組みと彩色において、チベットの在来工法の到達点でもある。現在、白宮は大部分が非公開で、紅宮の玉座と霊塔などが公開されている。構造保護のため一日あたりの入場者数と見学時間が制限され、修復事業が続く。世界遺産の登録は当初ポタラ宮単独であったが、2000年にジョカン(大昭寺)、2001年にノルブリンカが構成資産として追加された。