ワルシャワ、クラクフ郊外通りに建つポーランド大統領の公邸。1643年に貴族の邸宅として起工し、たび重なる改築を経て1818年に新古典主義の現在の姿となった、近代ポーランド史の舞台である。
§1 — 概要概要
ポーランド大統領宮殿(Pałac Prezydencki)は、ワルシャワの目抜き通りクラクフ郊外通り(Krakowskie Przedmieście)に建つ、ポーランド共和国大統領の公邸である。1643年に大貴族コニェツポルスキ家の邸宅として起こり、所有者と用途を変えながら何度も改築された。今日見られる新古典主義の堂々たる姿は、19世紀初頭の大改造によって与えられたものである。
歴史
建物の起源は、王冠領大ヘトマンのスタニスワフ・コニェツポルスキが1643年に着工した邸宅にさかのぼる。設計は宮廷建築家コンスタンティーノ・テンカラが手がけ、当初は「コニェツポルスキ宮殿」と呼ばれた。その後、歴代の所有者のもとで姿を変え、1791年には五月三日憲法の起草者たちの会合の場ともなった。1818年、立憲ポーランド王国の総督府として用いられるにあたり、建築家クリスティアン・ピョトル・アイグネルが新古典主義様式へ全面的に改築し、ポルティコを備えた現在の正面が整えられた。19世紀半ばの火災では一度内部を焼失したが、アルフォンス・クロピヴニツキによってほぼ旧状に復された。第二次世界大戦下では占領者に接収され、1944年のワルシャワ蜂起をくぐり抜けて焼け残った。
建築的特徴
主屋は左右に低い翼屋を従え、中央に大きなポルティコを張り出す均整のとれた新古典主義の構成をとる。コリント式の列柱が支える破風が正面を引き締め、装飾は抑制されて比例の明快さが重んじられている。前庭には騎馬像が置かれ、軸線を強調する宮廷建築らしい配置がとられる。1818年改築のアイグネルは、ばらばらに増改築されてきた建物を、古典主義の規範のもとで一つの統一体へとまとめ上げた。
意義・現在
宮殿は、五月三日憲法の制定、1955年のワルシャワ条約の調印、そして1994年以降の大統領公邸化と、近代から現代に至るポーランド政治史の節目をその内に刻んできた。建築そのものは新古典主義の佳品でありながら、その価値は何より「出来事の器」としての歴史的重みにある。現在もポーランド共和国大統領の公邸として用いられ、ポーランドの国家的記念物に登録されている。