シュヴェツィンゲン城 Schwetzingen Palace
ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州、プファルツ選帝侯の夏の離宮。1700年前後から築かれたバロックの宮殿だが、名高いのはニコラ・ド・ピガージュらが18世紀に造った広大な庭園で、ロココの劇場やドイツ最古のモスク風建築を擁する。
§1 — 概要概要
ドイツ南西部、ハイデルベルクとマンハイムのほぼ中間に位置するシュヴェツィンゲンに建つ、プファルツ選帝侯の夏の離宮である。宮殿そのものは比較的慎ましいが、それを取り巻く18世紀の庭園は、フランス式の整形庭園とイギリス式の風景庭園を併せもつ、ヨーロッパでも有数の保存状態を誇る名園として知られる。「シュヴェツィンゲンの宮殿と庭園」ではなく「庭園と宮殿」と呼ぶべきだ、とすら言われる。
歴史
この地には1350年にさかのぼる堀に囲まれた城があったが、三十年戦争とプファルツ継承戦争で破壊された。選帝侯ヨハン・ヴィルヘルムの命により1697年以降、ハイデルベルクの建築家ヨハン・アダム・ブロイニヒらの手で狩猟の館として再建され、二つの翼が加えられた。
宮殿が真価を発揮するのは、カール・テオドール(在位1742〜99年)の時代である。彼はマンハイムの宮廷を夏のあいだここに移し、宮廷建築家ニコラ・ド・ピガージュに庭園の整備を委ねた。1753年には宮廷劇場が開かれ、庭には神殿や浴館、そしてドイツ最初のモスク風建築が次々と築かれていった。1777年に選帝侯がバイエルンを継いでミュンヘンへ移ると宮殿の役割は薄れたが、庭園はその後も手を入れられて今日に伝わる。
建築的特徴
宮殿の最大の見どころは、本館の両脇から半円を描いて庭へ抱きこむように延びる「ツィルケルバウテン」と呼ばれる弧状の翼棟である。その北翼に組み込まれた宮廷劇場は、桟敷ではなく層状の観覧席をもつヨーロッパ最古の劇場として名高い。
庭園は、ピガージュらが描いた円形の整形花壇を中心に、軸線に沿って厳格に構成される。そこに、アポロ神殿やメルクリウス神殿、イタリア風の浴館、そして「トルコ風庭園」のモスクなど、異国や古典に取材した小建築(フォリー)が点在し、散策のたびに思いがけない景を見せる。
意義・現在
シュヴェツィンゲンは、宮廷文化と啓蒙の時代の趣味が、建築と庭園の細部にまで行き渡った稀有な総合芸術である。とりわけ庭園は、フランス式とイギリス式という二つの庭園観が一つの場に共存する点で、18世紀ヨーロッパの造園史を凝縮している。現在はバーデン=ヴュルテンベルク州の管理のもとに公開され、毎夏の音楽祭の舞台ともなっている。
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