スフォルツェスコ城 Sforza Castle
ミラノに建つ城塞。14世紀のヴィスコンティ家の城を基に、15世紀にミラノ公フランチェスコ・スフォルツァが居城兼要塞として再建した。フィラレーテの中央塔で知られ、現在は美術館群が入る。
§1 — 概要概要
スフォルツェスコ城(Castello Sforzesco)は、イタリア北部ロンバルディア州ミラノに建つ城塞である。ミラノ公フランチェスコ・スフォルツァが15世紀に築いた居城兼要塞で、その名はスフォルツァ家に由来する。煉瓦造の巨大な方形プランをもち、現在は複数の市立美術館・博物館が入る文化施設として公開されている。
歴史
起源は14世紀、ヴィスコンティ家のガレアッツォ2世が1360年頃に築いたポルタ・ジョーヴィア城にさかのぼる。この城はミラノ公国の権力の座であったが、ヴィスコンティ家断絶後の混乱(アンブロジア共和国期)に破壊された。1450年、新たに公位を得たフランチェスコ・スフォルツァが、旧城の遺構の上に再建を始める。中央の入口塔は建築家・理論家フィラレーテ(アントニオ・アヴェルリーノ)が手がけ、1452年に建てられた。スフォルツァ家のもとで城はルネサンス的な宮廷へと整えられ、ブラマンテやレオナルド・ダ・ヴィンチも内部装飾に関与した(レオナルドは「板の間(サラ・デッレ・アッセ)」の天井画を描いたとされる)。フィラレーテの塔は1521年の火薬庫爆発で崩落したが、1900–1905年にルカ・ベルトラーミによって再建され、城全体も同時期に大規模な修復を受けた。
建築的特徴
外観は、厚い煉瓦の城壁と隅を固める円塔からなり、中世的な軍事建築の量感を保つ。一方、中庭に面する公爵の宮廷(コルテ・ドゥカーレ)や、フィラレーテの塔の意匠には、ルネサンス初期の比例感覚と装飾が現れる。内部にはレオナルドによる植物文様の天井画など、ルネサンスの宮廷文化の痕跡が残る。要塞としての堅固さと、君主の居館としての華やかさが一体となっている点に、この城の二面性がある。
意義・現在
スフォルツェスコ城は、ミラノ公国の盛衰を映す歴史の証人であると同時に、19世紀末のベルトラーミによる修復を通じて「歴史的建造物の復原」という近代の課題を体現した建物でもある。現在はミケランジェロ最後の作とされる《ロンダニーニのピエタ》をはじめ、絵画館や古代美術のコレクションを収める美術館群として、ミラノ有数の文化拠点となっている。イタリアの国定文化財に指定されている。
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