スーストダイク宮殿 Soestdijk Palace
オランダのバールンに建つ、旧王宮。1674年からマウリッツ・ポストが狩猟用の館として築き、ワーテルローの戦功で皇太子に贈られたのち、1815年から新古典主義の翼を加えて壮麗な宮殿となった。20世紀にはユリアナ女王とベルンハルト殿下が長く暮らした邸宅として知られる。
§1 — 概要概要
オランダ中部のバールンに建つ、かつてのオランダ王室の宮殿である。中央の主棟と、その左右にのびる二つの翼からなる。17世紀の狩猟用の館を母体としながら、19世紀に新古典主義の様式へと大きく拡張された。20世紀には、ユリアナ女王と夫ベルンハルト殿下が60年以上にわたり暮らした住まいとして、オランダの人々に親しまれた。
歴史
もとは17世紀なかば、アムステルダム市長の邸宅としてこの地に建てられた。1674年、狩猟を好んだオラニエ公ウィレム3世がこれを買い取り、建築家マウリッツ・ポストの設計のもと、1678年にかけて狩猟用の館へとつくりかえた。
その後、館は王室の夏の離宮として用いられた。1815年、ナポレオンが倒れたのち、オランダの人々は、ワーテルローの戦いでの功績をたたえて、これを皇太子(のちの国王ウィレム2世)に贈った。皇太子とロシア出身の妃のもとで、館は1815年から1821年にかけて大きく拡張され、堂々たる宮殿へと姿を変えた。1937年からは、ユリアナ王女とベルンハルト殿下の住まいとなり、2004年に二人が世を去るまで、その暮らしの場であり続けた。
建築的特徴
17世紀のポストによる主棟は、簡素で端正なオランダ古典主義の建築であった。1815年からの拡張では、建築家ヤン・デ・グレーフらが、両翼に列柱の回廊と曲線を描く翼を加えた。これはロシアのパヴロフスク宮殿に着想を得たもので、左右対称の壮麗な姿が生まれた。建物の全体は白く塗られ、エンパイア様式の華やかな内部がしつらえられた。
意義・現在
スーストダイク宮殿は、17世紀の館が、戦勝の記念と王室の住まいとして、世紀を超えて育てられていった建築である。とりわけ20世紀には、女王の素朴な暮らしぶりとともに、国民に身近な王室の象徴となった。王室の住まいとしての役目を終えた現在は、一般に公開され、新たな活用の道が探られている。
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