EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ツィツェルナカベルト
© Aleksey Chalabyan (Xelgen) / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q154775

ツィツェルナカベルト Tsitsernakaberd

Ծիծեռնակաբերդ

エレバン郊外の丘に立つ、アルメニア人虐殺の犠牲者を悼む国立記念施設。1966年に着工し、ソ連期モダニズムの建築家らの設計で1967年に開設された。永遠の火を囲む12枚の石板と、高さ44メートルの記念柱からなる。

FIG. 02 — Location40.1858° N 44.4881° E
アルメニア エレバン エレバン
§1 — 概要

概要

ツィツェルナカベルトは、アルメニアの首都エレバン西部の丘に築かれた、アルメニア人虐殺の犠牲者を追悼する国立記念施設である。1915年に始まったオスマン帝国下での虐殺から半世紀を経て計画され、1967年に開設された。ソ連統治下のアルメニアにおいて民族の記憶を公式に刻んだ記念碑として、今日まで国民的な追悼の場であり続けている。

歴史

記念施設の建設は、虐殺50周年にあたる1965年にエレバンで起きた大規模な追悼運動を契機とする。当局は丘の上に恒久的な記念碑を設けることを決定し、建築家アルトゥール・タルハニャンとサシュル・カラシャンの設計により、1966年に着工した。工事は翌1967年11月に完了し、記念施設が一般に開かれた。1995年には丘の地下に虐殺の歴史を伝える博物館が増設され、関連資料の収集と展示が行われるようになった。

建築的特徴

施設の中心をなすのは、高さ約44メートルの細長いステレである。塔は縦に二つに裂かれた形をとり、引き裂かれた民族と、なお生き続ける国家の双方を象徴するとされる。塔の傍らには、円形に配された12枚の玄武岩の石板が永遠の火を囲んでいる。この12という数は、虐殺によって失われた歴史的アルメニアの諸地方を表す。敷地の縁には全長約100メートルの記念の壁が伸び、犠牲となった町や村の名が刻まれている。彫刻家オヴァネス・ハチャトリャンらが造形に加わり、全体は装飾を排したソ連期モダニズムの簡潔な造形でまとめられている。

意義・現在

ツィツェルナカベルトは、アルメニア人にとって民族の悲劇を記憶する中心的な場であり、毎年4月24日の追悼の日には多くの人々が永遠の火に花を手向ける。外国の元首や要人がエレバンを訪れる際にも献花に立ち寄ることが多く、記念施設は歴史認識をめぐる議論の象徴ともなっている。簡素ながら強い象徴性をたたえたその造形は、20世紀の記念建築を代表する作品の一つに数えられる。

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※ 記念施設の設計はアルトゥール・タルハニャンおよびサシュル・カラシャンによる。
LAST EDIT — 2026.06.23
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