ベオグラードのノヴィ・ベオグラードに建つ高層ビル。1964年竣工、設計はミハイロ・ヤンコヴィッチ。旧共産主義者同盟中央委員会ビル(CK)で、1999年のNATO空爆で被災後に再建された。
§1 — 概要概要
ウシュチェ塔(Ušće Tower、セルビア語: Кула Ушће)は、セルビアの首都ベオグラードの新市街ノヴィ・ベオグラードに建つ高層ビルである。サヴァ川とドナウ川が合流する地点に立ち、長くベオグラードの近代的な景観を象徴してきた。当初はユーゴスラビアの政治組織が入る官庁ビルとして建てられ、現在はオフィスと商業施設からなる複合ビルとして使われている。
歴史
建設は1961年に始まり、1964年に完成した。設計はベオグラードの建築家ミハイロ・ヤンコヴィッチによる。完成当初は「社会政治組織会館」と呼ばれ、ユーゴスラビア共産主義者同盟(SKJ)の中央委員会をはじめ各種の政治組織が入居したことから、通称「CK(中央委員会)ビル」として知られた。高さ98メートル・地上25階のこの塔は、1979年にゲネクス・タワーが建つまで15年にわたり、セルビアおよびバルカン半島で最も高い建物であった。社会主義時代には夜間、窓の明かりで「TITO」の文字を浮かび上がらせたこともある。1999年のNATOによるベオグラード空爆で大きな被害を受け、2002年から2005年にかけて再建された。この際に2層が積み増され、ガラスのカーテンウォールで覆い直された。
建築的特徴
再建後の塔は、全面をカーテンウォールでまとった直方体の高層棟で、川の合流点に向かって開けた眺望を持つ。設計者ヤンコヴィッチは、ニューヨークの国際連合本部に範をとった国際様式(インターナショナル・スタイル)でこの建物をまとめており、装飾を排した端正な箱形の量塊は、戦後ユーゴスラビアが掲げた近代化の理念を体現していた。匿名的で社会主義やユーゴスラビアの象徴性を欠くという批判もあったが、新市街ノヴィ・ベオグラードの建設を牽引する近代の旗印となった。
意義・現在
ウシュチェ塔は、社会主義ユーゴスラビアの首都建設を代表する建築であり、国家権力の中枢から市場経済下の業務・商業ビルへという、20世紀後半のベオグラードの変転を一身に映す存在である。空爆による破壊を免れず、なお構造を保って再建されたことから、街の回復力の象徴とも語られる。再建後は高さ110メートル(アンテナを含めると約141メートル)となり、足元には2009年に大型商業施設ウシュチェ・センターが開かれた。2018年からは隣接して第二の塔(ウシュチェ・タワー2)の建設も進んだ。