エスタディオ・ビセンテ・カルデロン Vicente Calderón Stadium
マドリード、マンサナーレス川の畔にあったサッカー専用競技場。1966年に開場し、アトレティコ・マドリードの本拠地として半世紀にわたり機能した。スタンドの下を高速道路が貫く特異な構造で知られたが、2019年に解体された。
§1 — 概要概要
エスタディオ・ビセンテ・カルデロン(Estadio Vicente Calderón)は、スペインの首都マドリードを流れるマンサナーレス川の南岸に建っていたサッカー専用競技場である。1966年の開場から2017年まで、リーガ・エスパニョーラの強豪アトレティコ・マドリードの本拠地として用いられ、半世紀にわたってクラブと地区の象徴であり続けた。
歴史
旧本拠メトロポリターノに代わる新スタジアムの工事は1959年に始まったが、資金難で中断し、完成は1966年までずれ込んだ。当初は川の名を採って「エスタディオ・デル・マンサナーレス」と呼ばれ、1972年にクラブ会長ビセンテ・カルデロンを記念して現名に改称された。1982年のスペイン・ワールドカップでは会場の一つとなり、設備の拡張も行われた。2017年5月の最終戦を最後にアトレティコは新本拠メトロポリターノへ移り、2019年から解体工事が進められた。
建築的特徴
設計はクラブ会長も務めた建築家ハビエル・バローソによる。観客席は鉄筋コンクリート造で、川沿いの限られた敷地に大観客を収めるため、上層スタンドをカンチレバーで前方に張り出す構成が採られた。最大の特色は、環状道路M-30の高架が西側スタンドの真下を貫いていた点で、土木構造物とスタジアムが一体化した世界的にも稀な姿として記憶される。収容人数は開場時の約6万2千から拡張期の約6万6千を経て、晩年は約5万5千に縮小された。
意義・現在
川と高速道路に挟まれた立地そのものが、このスタジアムの個性であった。アトレティコの労働者的な気風と結びつき、ファンの強い愛着を集めた一方、老朽化と再開発計画により役目を終えた。跡地はマホウ・カルデロン地区として再開発が進められている。