EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

インド・サラセン建築

Indo-Saracenic architecture
年代
1857 — 1947
地域
英領インド
時代
新古典・歴史主義

インド・サラセン建築(Indo-Saracenic architecture)は、19世紀後半から20世紀前半の英領インドで展開した折衷的なリヴァイヴァル様式である。インド・ゴシック、ムガル・ゴシック、ネオ・ムガルとも呼ばれ、1857年の大反乱の後、植民地政府が現地の支配層に配慮しつつ統治の正統性を視覚化する文脈で広まった。ムガル建築やインド・イスラム建築の要素——尖頭アーチ、玉ねぎ形のドーム、チャトリ(小亭)、ピシュターク、ジャーリー(透かし彫り)、装飾的なタイルや繊細な石彫——を、ゴシック・リヴァイヴァルや新古典主義といったヨーロッパの構成・技術と接合する点に特徴があり、赤煉瓦と白大理石の対比など現地の素材と意匠を生かした造形も多い。官庁・裁判所・駅舎・大学・博物館といった公共建築に広く採用された。チェンナイ(マドラス)のチェパウク宮殿がしばしばその先駆に挙げられ、ロバート・F・チザムやヘンリー・アーウィンらの建築家がマドラスを拠点に様式を磨いた。アーウィンが手がけたマイソール宮殿(アンバ・ヴィラス宮殿)やマドラス高等裁判所、チザムによるマドラス大学のセネト・ハウス、ラホール博物館などが代表例である。本データベースが収めるムンバイのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧ヴィクトリア・ターミナス)も、ヴィクトリアン・ゴシックにインドの伝統を融合させたこの潮流を象徴する建築である。インド人建築家バイ・ラーム・シングもこの様式を代表する一人であった。チェンナイやムンバイ、コルカタをはじめ各地に広がり、英領マラヤなどにも波及した。独立後はしばしば植民地支配の象徴と見なされたが、近年は東西の建築文化を架橋した独自の表現として再評価が進んでいる。

インド・サラセン建築
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代表建築

Buildings