ロシア擬ゴシック
ロシア擬ゴシック(Russian pseudo-Gothic、ロシア・ゴシック・リヴァイヴァルとも呼ばれる)は、18世紀後半のエカチェリーナ2世期にロシアで生まれた折衷的な様式である。西欧のゴシックを直接受け継いだものではなく、赤煉瓦の壁面に白い石材の装飾を鮮やかに対比させ、尖頭アーチ・小尖塔・狭間(クレネル)付きの胸壁・円形や八角形の塔といった「中世風」の要素を取り入れて、独特の祝祭的な外観をつくり出した。
その発想の源泉は、西欧の聖堂建築よりも、モスクワ・クレムリンの城壁や塔、ロシア中世の修道院・城塞といった自国の記憶にあった。したがって、骨組みを露わにして高さを競う構造的なゴシックとは異なり、平らな壁面を装飾的な造形で飾る「中世趣味」としての性格が強い。同時代の西欧で進んだゴシック・リヴァイヴァルが、考古学的な正確さや信仰の復興と結びついたのとは、出発点を異にしている。
代表作は、ワシーリー・バジェーノフとマトヴェイ・カザコフが共同で手がけたモスクワ郊外のツァリーツィノ離宮であり、カザコフのペトロフスキー旅行宮殿も同じ系統に数えられる。四隅に塔を立て、高い煉瓦壁で囲んだブトイルカ収容所の獄舎も、この語法に連なる作例である。
ロシア擬ゴシックは、西欧の歴史主義とほぼ同時代に展開しながら、ロシア固有の中世イメージと深く結びついた点に独自性がある。その系譜は、19世紀のロシア・ビザンティン様式や民族主義的なネオ・ルーシ様式へと受け継がれ、帝政期ロシアの建築に一つの個性を与えた。