サンクトペテルブルク、エカチェリーナ2世が1770年のチェスメ海戦の勝利を記念して建てた小聖堂。ユーリ・フェルテンの設計で1777〜1780年に築かれ、ロシア最初期のネオゴシック建築として知られる。
§1 — 概要概要
チェスメ教会(ロシア語: Чесменская церковь、正式には「チェスメ宮殿付属・洗礼者聖ヨハネ降誕聖堂」)は、ロシア・サンクトペテルブルクに建つロシア正教会の小聖堂である。宮廷建築家ユーリ・フェルテンの設計により1777年に着工し、1780年に完成・成聖された。白で縁取られた薔薇色の外壁と尖塔群をもつ、ロシアでもっとも早い時期のネオゴシック(擬ゴシック)建築のひとつである。
歴史
聖堂は、女帝エカチェリーナ2世が1768〜1774年の露土戦争中、1770年にエーゲ海のチェスメ湾(トルコ語: Çeşme)でオスマン艦隊を破った海戦の勝利を記念して建てさせた。サンクトペテルブルクと郊外のツァールスコエ・セローを結ぶ街道沿いに、同じくフェルテンが手がけたチェスメ宮殿とともに建てられ、両者はこの地域における最初期のネオゴシック建造物となった。20世紀のソビエト時代には礼拝の場としては閉じられ、別の用途に転用された時期を経て、のちに正教会へ返還されて聖堂としての機能を取り戻している。
建築的特徴
平面は四つの後陣が中央に集まる四葉形(クワトレフォイル)で、各方向に半円形の張り出しをもつ集中式の構成をとる。薔薇色に塗られた壁面を白い細い付け柱の束が縦に走り、頂部には小尖塔(ピナクル)と銃眼状の装飾が並んで、垂直性と軽やかさを強調する。これらはゴシックの語彙を引用しつつも、構造としてのゴシックではなく装飾としてまとった「擬ゴシック」であり、18世紀の歴史主義の早い萌芽を示している。五つの小さなドームが、正教会の聖堂としての性格を保っている。
意義・現在
チェスメ教会は、西欧のゴシック・リヴァイヴァルがまだ揺籃期にあった時代に、ロシアの宮廷が記念碑として中世風の様式を選んだ例として重要である。古典主義が主流であった当時のペテルブルクにあって、その薔薇色の異彩は際立っていた。今日も現役のロシア正教会の聖堂であり、市内でもっとも印象的な教会のひとつに数えられる。