アル=アクサー・モスク Al-Aqsa Mosque
エルサレム旧市街の神域(ハラム・シャリーフ)南端に立つ、イスラーム第三の聖地の会衆モスク。8世紀初頭にウマイヤ朝が創建し、地震と再建を経て現在は11世紀の輪郭を保つ。広義の「アクサー」は神域全体を指す。
§1 — 概要概要
アル=アクサー・モスク(キブリー・モスク、アル=ジャーミー・アル=アクサー)は、エルサレム旧市街の神域——ユダヤ教で神殿の丘、イスラームでハラム・シャリーフ(高貴なる聖域)と呼ばれる台地——の南端に立つ会衆モスクである。メッカ、メディナに次ぐイスラーム第三の聖地とされる。「アル=アクサー」の名は、この会衆モスク本体を指す場合と、岩のドームをはじめ複数の礼拝施設を含む神域全体を指す場合とがあり、混同を避けて神域全体を「アクサー・モスク複合体」と呼ぶこともある。本項は、南壁沿いに立つ会衆モスクの建物を扱う。
歴史
神域における最初の礼拝所は、正統カリフのウマル(在位634〜644年)の時代に、簡素な祈りの場として設けられたと伝えられる。現在の会衆モスクの原型は、8世紀初頭、ウマイヤ朝のカリフ、アブドゥルマリクまたはその後継ワリード1世(在位705〜715年)によって、神域北部の岩のドームと同一の軸線上に据える会衆モスクとして建てられた。746年の地震で倒壊した後、アッバース朝のもとで再建・拡張され、一時は15の身廊と中央ドームをもつ規模に達した。しかし1033年の地震で再び大きく損壊し、ファーティマ朝のカリフ、ザーヒルが7身廊に縮小して再建した。現在の建物は、この11世紀の輪郭を基礎としつつ、十字軍時代やアイユーブ朝、後代の補修を重ねたものである。
建築的特徴
アル=アクサー・モスクは、キブラ(メッカの方向)へ向かう南北軸をもつバシリカ式の会衆モスクである。中央の身廊を挟んで左右に側廊が並び、南端のミフラーブ(キブラを示す壁龕)へと会衆の視線を導く。屋根の中央には銀色のドームが架かり、内部には歴代の王朝が寄進した円柱やモザイク、木彫の説教壇(ミンバル)などが遺る。素材や意匠にはウマイヤ朝以来の重層的な改修の痕跡が刻まれ、単一の様式というより、幾世紀にもわたるイスラーム建築の堆積として読み取れる。
意義・現在
アル=アクサー・モスクは、イスラーム初期からの信仰の連続性を体現する記念碑的建造物である。同じ神域に立つ岩のドームとともに、エルサレムの歴史的景観を象徴する存在として、1981年に「エルサレムの旧市街とその城壁群」の一部として世界遺産に登録された。今日もムスリムにとって重要な礼拝の場であり続ける一方、この神域は複数の宗教にとって聖地が重なり合う場所でもあり、その帰属や管理は繊細な問題を含む。建物としては、初期イスラーム建築の展開と、地震・再建を繰り返した地中海世界の建築史を伝える貴重な遺構である。