カイロ旧市街に建つマムルーク朝のモスク。1347年にアミールのアクスンクルが創建し、17世紀にオスマン期のイズニク・タイルで内壁が飾られたことから「青のモスク」と呼ばれる。
§1 — 概要概要
アクスンクル・モスク(Aqsunqur Mosque)は、エジプトの首都カイロの旧市街、城塞とバーブ・ズワイラのあいだのタッバーナ地区に建つモスクである。17世紀に加えられた青い装飾タイルから「青のモスク」の異名で知られる。マムルーク朝期のモスクであると同時に、創建者とその一族らの墓を収める葬祭複合施設でもある。
歴史
1347年、マムルーク朝のスルタン・ムザッファル・ハッジーの治世に、有力なアミールであったシャムス・アッディーン・アクスンクルの命で完成した。アクスンクルはかつてトリポリの総督を務めた人物で、シリア風の建築様式を取り入れたという。建物は、1341年に先立って築かれていたスルタン・クジュクの墓廟を囲むように建てられ、その結果として平面に不規則さが生じた。15世紀には荒廃したが、1652年から1654年にかけてオスマン期のイブラーヒーム・アーガーが大規模に修復し、屋根や柱廊を整えるとともに、内壁を青と緑のタイルで飾った。
建築的特徴
平面は、四方を柱廊(リワーク)に囲まれた広い中庭(サハン)を中心とする、開放的な構成をとる。三つの入口のうち主たる門は西の柱廊に開き、尖頭アーチを描く。「青のモスク」の名の由来となったタイルは、コンスタンティノープルとダマスクスから取り寄せられ、糸杉やチューリップを生けた花瓶などの文様を描くイズニクタイルの様式による。柱頭には、十字軍時代の建造物から転用されたとみられる西欧風の意匠も混じる。
意義・現在
タイルの青で記憶される一方で、その骨格は14世紀マムルーク建築の堅実な石造にある。創建から修復、近代の保存事業に至る歩みは、カイロという都市に幾層もの時代が積み重なってきたことを物語る。1992年のカイロ地震で柱廊のアーチが損傷したのち補強され、アガ・ハーン文化財団と世界記念物基金による修復を経て、2015年に一般公開が再開された。歴史都市カイロの一部として、世界遺産に登録されている。