EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ブラン城
© Todor Bozhinov / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q390275

ルーマニア中部、トランシルヴァニアとワラキアを結ぶブラン峠を見下ろす岩山の城塞。1377年のハンガリー王の特許状を受けてブラショヴのザクセン人が築き、1388年までに完成した。国境の関所を兼ねた防衛拠点で、1920年代にマリア王妃の離宮に改められた。

FIG. 02 — Location45.5150° N 25.3671° E
ルーマニア ブラショフ県 ブラン
§1 — 概要

概要

ブラン城(Castelul Bran/独 Törzburg)は、ルーマニア中部ブラショフ県ブラン村にある中世の城塞である。南カルパティア山脈を越えてトランシルヴァニアとワラキアを結ぶ峠道の北の入口に立ち、切り立った岩山の頂を占める。国境の警備と関税の徴収のために築かれた実用の城で、20世紀にはルーマニア王家の離宮となった。現在は私設の博物館として公開されている。国外では「ドラキュラ城」の名で知られるが、この呼び名に歴史的な根拠はない。

歴史

この峠には13世紀初め、ハンガリー王から当地を与えられたドイツ騎士団が木造の砦を設けたと推定されている。騎士団は1225年頃に王国から追放され、砦も失われた。現存する石造の城の出発点は、1377年にハンガリー王ラヨシュ1世がブラショヴのザクセン人共同体に対し、自らの費用と職人で新たな石の城を建てることを認めた特許状である。工事には10年余りを要し、1388年までに完成した。城は峠の関所を兼ね、オスマン帝国の北進に備える拠点となった。

15世紀初めには、ハンガリー王ジギスムントが同盟者であるワラキア公ミルチャ1世(ミルチャ老公)に一時城を委ねている。その後は王権の管理を経て、15世紀末以降、段階的にブラショヴ市の手に移った。損傷と修理を重ねるなかで、1622年にはトランシルヴァニア公ベトレン・ガーボルの計画で南の塔が加えられた。1836年に国境が南へ移ると、城は軍事的な役割を失った。

1920年、ブラショヴ市議会は大ルーマニアの成立に尽くした謝意として、城をマリア王妃に寄贈した。王妃はここを夏の離宮とし、王室建築家カレル・リマンの指揮のもと1920年代に内部が住まいとして整えられた。王妃の没後(1938年)は娘のイレアナ王女が相続し、第二次世界大戦中には病院を開設した。1948年、王家の国外追放とともに国有化され、1956年に博物館として公開された。1987年から1993年にかけての修復を経て、2006年に王女の子ドミニク・フォン・ハプスブルクらへ返還され、2009年から一族の運営する私設博物館となった。

建築的特徴

城は岩山の起伏に沿った不整形の四辺形平面をとり、狭い中庭を囲んで塔・居館・城壁が高低差をもって組み合わされる。唯一の入口は南側に張り出した方形の門塔の上階にあり、かつては取り外しのできる木の階段で上った。馬や車で中庭に入ることはできず、侵入路を一筋に絞る構えである。最も攻撃を受けやすい東側は堀で隔てられ、厚い盾壁が閉じる。その頂部には守備兵のための通路が通る。北側の岩上には方形の塔が、西側には円塔が立ち、円塔の基部には窓のない牢があった。

厚い石と煉瓦の壁に小さな開口を穿つ外観は、居住よりも防御を優先した成り立ちをよく示す。瓦葺きの屋根は1880年代の葺き替えによるものである。1920年代の改修では、軍事施設として使われてきた諸室が王妃の集めた家具や工芸品で居室に改められ、軍事施設の骨格に王家の住まいが重ねられた。

意義・現在

ブラン城は、ハンガリー王国の辺境で、防衛と交易管理を担ったトランシルヴァニア・ザクセン人の城の一例であり、関所と城塞を一体化した山岳城の姿をよく伝える。ルーマニアの歴史記念物に登録されている。ドラキュラとの結びつきは観光宣伝によって広まったもので、ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』に城は登場せず、ヴラド3世が居住した記録もない。現在は王妃ゆかりの家具や美術工芸品を展示し、麓にはこの地方の農家建築を集めた小さな野外博物館がある。2026年には運営会社の株式の過半が米国の投資グループに移ったが、城の所有権はイレアナ王女の相続人にとどまるとされる。

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データ: Wikidata (Q390275) / 解説: Wikipedia 日本語版 · English / 画像: © Todor Bozhinov / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.10.13
ENTRY ID — BLD-1228