諸聖人教会 (ヴィッテンベルク) Castle Church, Wittenberg
ドイツ、ザクセン=アンハルト州ヴィッテンベルクの後期ゴシック教会。城教会(シュロスキルヒェ)とも呼ばれ、ルターが95か条の論題を掲げたと伝わる、宗教改革ゆかりの地である。
§1 — 概要概要
諸聖人教会(Schlosskirche、城教会)は、ドイツ東部ザクセン=アンハルト州の都市ヴィッテンベルクに建つルター派の教会である。1517年、マルティン・ルターが「95か条の論題」をその扉に掲げたと伝えられ、宗教改革の発端の地として世界的に知られる。選帝侯の城に付属する城教会として建てられた後期ゴシックの聖堂で、特徴的な円塔とともに街の象徴をなしている。
歴史
この場所には14世紀、アスカーニエン家の居城に付属する諸聖人礼拝堂が置かれていた(1346年聖別)。15世紀末、ザクセン選帝侯フリードリヒ3世(賢明公)が旧城を建て直すにあたり、新たな諸聖人教会が建築家コンラート・プフリューガーの設計で1490年から1511年にかけて後期ゴシック様式で建てられた。1517年のルターの行為と、扉に記された論題によって、教会は宗教改革の記念碑となった。論題を記した木の扉は18世紀の戦火で焼失し、現在は論題を鋳込んだ青銅の扉が据えられている。1883年から92年にかけては、プロイセンの建築家フリードリヒ・アドラーの指導のもと、宗教改革の記念聖堂として大規模に改修され、1892年10月31日、ルターの行為から375年の日に再奉献された。
建築的特徴
身廊は後期ゴシックのリブ・ヴォールトで覆われ、簡素ながら均整のとれた内部空間をなす。外観でもっとも目を引くのは、高さ88メートルの円塔である。19世紀の改修で現在の姿となったこの塔には、ルターの賛美歌から採られた「神はわがやぐら(Ein feste Burg ist unser Gott)」の句が帯状にめぐらされている。内部にはザクセン選帝侯家の墓所があり、ルターとメランヒトンもこの教会に葬られている。
意義・現在
諸聖人教会は、建築様式としては地方的な後期ゴシックの一例にとどまるが、ヨーロッパ史を二分した宗教改革の出発点として比類ない意味をもつ。1996年、アイスレーベンとヴィッテンベルクのルターゆかりの建造物群の一つとしてユネスコ世界遺産に登録された。現在もルター派の教会として礼拝に用いられるとともに、世界中から訪れる人々の巡礼地・記念地となっている。