シャンボール城 Château de Chambord
ロワール渓谷に建つフランス・ルネサンス建築の最高傑作のひとつ。1519年にフランソワ1世が狩りの館として起工し、イタリアの新様式とフランス中世の城郭形式を融合した。中央にそびえる二重らせん階段や、塔と煙突が林立する屋根景観で名高い。
§1 — 概要概要
シャンボール城(Château de Chambord)は、フランス中部ロワール渓谷のソローニュの森に建つ、フランス・ルネサンス建築を代表する城館である。1519年、フランソワ1世が狩りの館として起工し、イタリアから移入された新しい古典の語彙と、フランス中世以来の城郭の形式とを融合させた。中央にそびえる二重らせん階段や、塔・小塔・煙突が林立する華やかな屋根景観で名高く、ロワール渓谷で最大の城である。
歴史
イタリア遠征から戻ったフランソワ1世は、その治世に永く残る記念碑を欲した。1519年9月6日、フランソワ・ド・ポンブリアンに建設開始が命じられる。工事はイタリア戦争(1521〜1526年)で中断し、王の財政難もあって難航したが、1526年に再開され、最盛期には1,800人の職人が働いた。1547年にフランソワ1世が没した時点でなお未完成であり、その後は80年以上にわたってほとんど使われずに荒廃した。17世紀にルイ13世が弟ガストンに与え、さらにルイ14世が主塔の修復と王の居室の整備を行って、ようやく一応の完成をみた。第二次世界大戦中には、ルーヴルから運ばれたモナ・リザなどの美術品の避難場所としても用いられた。
建築的特徴
城の中核は、ギリシア十字形の平面をもつ正方形の主塔(ドンジョン)である。中世の城が防御のために築いた主塔を、ここでは左右対称の居住・儀礼の空間として再解釈している点に新しさがある。その中心を貫くのが、二条の階段が互いに交わらずに巻き上がる二重らせん階段で、昇る者と降りる者がすれ違わずにすむ仕掛けとして名高い。外壁は地元産のトゥフォー(軟質石灰岩)を用い、ピラスターや古典的な窓枠、繰形によってイタリア風の秩序を与えている。一方、急勾配の屋根や林立する塔、282にのぼる煙突がつくる起伏に富んだ稜線は、フランス中世の伝統を色濃く残している。
意義・現在
設計者については、木製模型を残したイタリアの建築家ドメニコ・ダ・コルトーナに原案を帰す説が有力だが確証はなく、現場をピエール・ヌヴーらが統括した。近くのアンボワーズで1519年に没したレオナルド・ダ・ヴィンチの関与を、とくに二重らせん階段に見ようとする見方もあるが、推測の域を出ない。イタリア・ルネサンスの理念とフランスの城郭文化が交わる転換点を示す建築として、シャンボール城は1981年にユネスコ世界遺産に登録され、2000年には「ロワール渓谷」の構成資産として再登録された。フランスで最も多くの来訪者を集める城のひとつである。