レマン湖東端の岩礁に建つ中世の島城。サヴォイア家の居城として12〜13世紀に拡張され、湖上交通と街道を扼した。バイロンの詩にも歌われ、ヨーロッパ有数の来訪者を集める城である。
§1 — 概要概要
シヨン城(Château de Chillon)は、スイス・ヴォー州、レマン湖東端の小さな岩礁の上に築かれた中世の城である。モントルーとヴィルヌーヴの間、ローヌ谷へ通じる隘路を見下ろす要衝に位置し、湖上交通と街道を扼する戦略拠点として発展した。ヨーロッパでもっとも来訪者の多い中世城郭の一つに数えられる。
歴史
岩礁の上には、すでに11世紀ごろ方形の主塔が築かれていたとされる。12世紀半ばにはサヴォイア伯家の支配下に入り、伯たちの夏の居館となった。城が大きく拡張されたのは13世紀、とりわけペーター2世の治世(1248年、および1266〜67年)である。その後1536年にベルン軍に占領されて代官の居所となり、1798年以降はヴォー州の所有に帰した。16世紀には宗教改革者ボニヴァールが幽閉された城としても記憶される。
建築的特徴
湖側には円塔と城壁が連なる堅固な防御正面を見せ、陸側には居館・大広間・礼拝堂が中庭を囲んで配される。岩礁の輪郭に沿って不整形に伸びる構成は、地形と一体化した中世城郭の典型を示す。半円アーチを残す古層に、尖頭アーチや特徴的な窓を備える後代の改修が重なり、数世紀にわたる増築の堆積がそのまま外観に刻まれている。これらの窓は、のちにウェールズの城郭を手がけたサヴォイアの棟梁マスター・ジェイムズ・オブ・セント・ジョージに帰せられる。内部には、伯の家政を支えた大広間や、壁画で飾られた礼拝堂、岩盤をそのまま床とする地下室が残り、防御施設でありながら居館でもあった城の二面性をいまに伝えている。
意義・現在
19世紀末、シヨン城は考古学と歴史学に基づく体系的な修復の対象となり、記念物保存の倫理を確立する初期の事例の一つとなった。ルソーやバイロンの『シヨンの囚人』をはじめ、ロマン主義の作家たちに繰り返し描かれたことで国際的な名声を得た。現在はスイス国定重要文化財に指定され、城内は博物館として一般に公開されている。