血の上の教会は、ロシア・エカテリンブルクに建つロシア正教会の聖堂。最後の皇帝ニコライ2世とその家族が処刑された地に、2003年に建てられた記念聖堂である。
§1 — 概要概要
血の上の教会は、ロシア・ウラル地方の都市エカテリンブルクに建つロシア正教会の記念聖堂である。正式には「ロシアの地に輝いた全聖人の名における血の上の教会」と称し、1918年にロシア最後の皇帝ニコライ2世とその家族が処刑された場所に建てられている。五つの玉ねぎ型ドームを戴く白亜の大聖堂であり、ロマノフ朝の悲劇的な最期を悼む巡礼の地として、多くの信徒や訪問者を集めている。
歴史
処刑の舞台となったのは、この地に建っていたイパチェフ館である。事件の記憶を封じるかのように、同館は1977年に取り壊された。2000年、ニコライ2世と家族がロシア正教会によって列聖されると、その跡地に記念聖堂を建てる計画が具体化し、同年に建設が始まった。聖堂は2003年に完成し、同年7月16日、処刑の記念日に上聖堂が成聖された。地下にあたる下聖堂は2010年に総主教キリルによって成聖されている。設計はグリゴーリー・マザエフをはじめとするウラルの建築家集団によって共同で進められた。
建築的特徴
聖堂は高さおよそ60メートルに及び、ロシア・ビザンティン様式の伝統を踏まえた堂々たる構成をもつ。白い壁面の上に金色の玉ねぎ型ドームが連なり、ロシア正教会の聖堂の典型的な姿を示す。内部は上下二層からなり、上聖堂が礼拝の中心、下聖堂が処刑の場を直接に記念する空間として性格づけられている。新しい建築でありながら、伝統的な正教会建築の語彙を意識的に用いることで、歴史との連続性が表現されている。
意義・現在
血の上の教会は、20世紀ロシアの最も劇的な事件の一つを記憶する場として、特別な意味を担う。革命によって断ち切られた帝政の終焉と、列聖された皇帝一家への崇敬とが、この聖堂に重ねられている。毎年7月の記念日には大規模な巡礼が行われ、夜を徹した祈りと行進が営まれる。エカテリンブルクを象徴する宗教建築として、また現代ロシアにおける歴史と信仰の交点として、重要な位置を占めている。