アレクサンドル・ネフスキー大聖堂 Alexander Nevsky Cathedral
ブルガリアの首都ソフィアに建つ正教会の大聖堂。露土戦争で斃れたロシア兵を記念し、1882年に礎石が据えられたが、本格的な建設は1904〜1912年に行われた。アレクサンドル・パメラーンツェフの設計によるネオ・ビザンティン建築で、金色のドームを戴く正教世界有数の規模をもつ。
§1 — 概要概要
ソフィアの中心に建つ、ブルガリア正教会の総主教座大聖堂。露土戦争(1877〜1878年)で戦死したロシア兵を追悼する記念聖堂として構想された。集中式の平面に複数のドームを戴く堂々たる構成をもち、延床面積はおよそ3,170平方メートル、5,000人を収容して、正教世界でも最大級の聖堂のひとつに数えられる。金色に輝く中央ドームは、首都ソフィアの象徴として知られる。
歴史
建設の構想は、オスマン支配からの解放をもたらした露土戦争の直後、1879年にさかのぼる。礎石が据えられたのは1882年だが、政治的・財政的な事情から工事は長く停滞し、堂の大半が築かれたのは1904年から1912年にかけてである。当初はイヴァン・ボゴモロフが1884〜1885年に設計案を立てたが、その案はアレクサンドル・パメラーンツェフによって大きく改められ、最終設計は1898年に確定した。施工と装飾には、ブルガリア・ロシア・オーストリア=ハンガリーなど各国の芸術家・建築家・職人が加わっている。第一次世界大戦中の1916〜1920年には、ロシアと敵対する陣営にあったため一時「聖キリル・メトディオス聖堂」と改称されたが、のちに旧称へ戻された。1924年9月12日に成聖式が執り行われ、1955年には文化財に指定された。
建築的特徴
様式はネオ・ビザンティン建築。方形の平面に円形のドームを架けるため、四隅の三角形の球面――ペンデンティヴ――を介して荷重を受ける、ビザンティン以来の構法を踏襲する。中央の主ドームを副ドームや半ドームが囲み、外観は段階的に積み上がる量塊として現れる。金箔を施した中央ドームと、対をなす鐘塔が垂直性を強調する。内部はイコノスタシスやモザイク、各国産の大理石・オニキスで荘厳され、19世紀末から20世紀初頭の歴史主義が、過去の様式を選び取って記念碑へと結晶させた典型を示している。
意義・現在
大聖堂はソフィアを代表するランドマークであり、ブルガリア正教会の中枢として機能している。建物そのものが、独立を勝ち取った近代ブルガリアの国民的記憶と、ロシアとの結びつきを可視化する記念碑でもある。地下にはイコンを収めた美術館があり、堂内では正教聖歌の演奏会も催される。2000年頃まで「完成した正教大聖堂として世界最大」とされたその規模は、いまも訪れる者を圧倒する。