コペンハーゲンの福音ルター派大聖堂。1807年の英軍砲撃で焼失した聖堂を、建築家クリスチャン・フレデリク・ハンスンが新古典主義で再建し、1829年に献堂した。トーヴァルセンによるキリストと十二使徒の大理石像で知られる。
§1 — 概要概要
聖母教会(デンマーク語:Vor Frue Kirke)は、デンマークの首都コペンハーゲンに建つ福音ルター派の大聖堂であり、コペンハーゲン大聖堂とも呼ばれる。コペンハーゲン大学本館に隣接するフルー広場に面して建ち、デンマークの国家的大聖堂として戴冠式や国葬などの重要な儀式の舞台ともなってきた。現在の建物は建築家クリスチャン・フレデリク・ハンスンが新古典主義様式で設計したもので、簡素で厳格な古典の構成と、彫刻家ベルテル・トーヴァルセンによる内部の像群で広く知られる。
歴史
この場所には、12世紀末の司教アブサロンの時代から聖母に捧げられた教会が連綿と建てられてきた。中世の聖マリア教会に始まり、1728年の大火による焼失と再建を経たが、1807年9月、ナポレオン戦争下のイギリス艦隊によるコペンハーゲン砲撃で、ロケット弾が尖塔を直撃して炎上し、聖堂は灰燼に帰した。約10年の荒廃ののち、1817年に国王フレゼリク6世が礎石を据え、残存する壁体を一部利用しながら現在の建物の建設が始まった。設計を託されたのは、すでに高名であったクリスチャン・フレデリク・ハンスンである。工事は長く続き、1829年の聖霊降臨祭に荘厳な献堂式が執り行われた。
建築的特徴
ハンスンは古代ローマの神殿建築と、ルネサンスの巨匠パッラーディオに学んだ簡潔で厳格な古典様式をこの聖堂に与えた。正面には列柱によるポルティコを構え、その上に神殿風のペディメント(三角破風)を載せる。内部は平坦な格天井と無装飾に近い壁面によって、光と量塊が静かに支配する空間となっている。神殿建築には本来塔がないため、ハンスンは当初塔を設けない案を構想したが、市民の強い要望に応えて、低く切り詰めた屋根をもつ重厚な方形の塔を加えた。身廊には、ローマで活動したデンマークの彫刻家ベルテル・トーヴァルセンが手がけたキリスト像と十二使徒像が並ぶ。祭壇上で両腕を広げて人々を迎える《キリスト像》(クリストゥス)はとりわけ名高く、イタリア産大理石による天使形の洗礼盤とともに、簡素な堂内に荘厳さを添えている。
意義・現在
聖母教会は、ハンスンの代表作にして、デンマーク黄金期(ゴールデンエイジ)の新古典主義建築を象徴する存在である。ナポレオン戦争後の財政難のなかで、限られた資源を簡潔な古典の美へと昇華させた点に、この建築の達成がある。トーヴァルセンの《キリスト像》は世界各地で複製され、ルター派の礼拝空間における代表的な聖像となった。歴史的には哲学者セーレン・キェルケゴールの葬儀(1855年)や、近年の王室の婚礼の場ともなっている。現在もコペンハーゲン教区の主教座聖堂として礼拝に用いられ、市街の中心で訪れる人を迎えている。